市川喜一著作集 > 第19巻 ルカ福音書講解V > 第55講

10 神殿で献げられる(2章22〜38節)

 さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。(二・二二)

 原文では二一節と二二節は「そして〜の日数が満ちたとき」という同じ文言で始まっています(レビ一二・六参照)。二一節では「彼に割礼を施すべき八日の日数が満ちたとき」とありましたが、ここでは「彼らの清めの日数が満ちたとき」となっています。
 モーセ律法によれば、男児を出産した産婦は四十日間汚れていて、神殿に入ることは許されません(レビ一二・二〜五)。その清めのために必要な四十日の期間が過ぎたとき、両親は新生児イエスを「主に献げるため」エルサレムに連れて行きます。この「主に献げるため」は、次節で説明されます。 産婦マリアに清めの期間が必要なことは律法が規定しています。ところがここでは「彼らの清めの期間」とあり、この「彼らの」が問題になります。この「彼ら」をマリアとイエスを指すとして、イエスのナジル人の誓願に関係づける説もありますが、この代名詞にそのような重大な意味を見ることは、誕生物語全体の文脈から見て不適切で、おそらくルカは出産後の祭儀的汚れの清めを家族全体の問題として扱っているのでしょう。あるいは、ルカは「ユダヤ教徒たちの間で行われている、あの清めの期間」という意味でこの代名詞を用いたのかもしれません。この代名詞の存在が昔から困難と感じられていたことは、若干の古代写本に異読があり、この語を欠く写本もあるという事実が示唆しています。
 「清めの期間」は四十日ですから、その間、泊まるところがなく馬小屋で出産した夫妻が、ベツレヘムに留まっていたとは考えにくいことです。出産後何日目かにマリアは乳飲み子を抱いてヨセフと一緒にガリラヤのナザレに帰って行った可能性も考えられます。そうするとヨセフとマリアは四十日あまりの期間に、しかも出産の直前と直後に、二度エルサレムへの往復の旅をしたことになります。しかし、三九節の記事が「主の律法で定められたことをみな終えた」時まではナザレに帰らなかったことを含意しているのであれば、ずっとベツレヘムに滞在していて、そこから近くのエルサレムに連れて行ったことになります。

 それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。(二・二三)

 彼らの出産後のエルサレム行きは「その子を主に献げるため」ですが(前節)、そのことが主の律法に従う行為であることが説明されます。ここに引用されている初子に関する律法は、「すべての初子を聖別してわたしにささげよ。イスラエルの人々の間で初めに胎を開くものはすべて、人であれ家畜であれ、わたしのものである」(出エジプト記一三・二)を初め多数あります。
 とくに初めて生まれる男子については「あなたの初子のうち、男の子はすべて贖わねばならない。何も持たずに、わたしの前に出てはならない」(出エジプト記三四・二〇)と規定され、さらに「初子は、生後一か月を経た後、銀五シェケル、つまり一シェケル当たり二十ゲラの聖所シェケルの贖い金を支払う」(民数記一八・一六)と、贖いのための金額まで定められています。
 ここで「贖う」という語が使われていますが、これは「買い戻す」ということで、いったんヤハウェに献げられてヤハウェのものとなった子を、いけにえの獣や贖い金を納めて自分のものにすることです。それをしないことは子をヤハウェに献げていないことになり、重大な律法違反となります。贖い金は父親が支払います。郷里の祭司に支払うこともできますが、ヨセフは神殿で初子のイエスを献げ、贖いのためのいけにえを献げようとします。

 また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。(二・二四)

 ここで両親が神殿で献げたいけにえが「山鳩一つがい」か「家鳩の雛二羽」のどちらであるかが語られていません。ということは、この節は両親の実際の行動を記述するものではなく、彼らが果たそうとした律法の規定を紹介するために置かれているということになります。この規定はレビ記にしばしば出てきますが、羊などの正式のいけにえの動物を用意することができない貧しい者への配慮を示す規定です。ここでは彼らは産婦の清めのために神殿に来ているのですから、レビ記一二章の「産婦についての規定」の中の「産婦が貧しい場合」(八節)の規定を指していることになります。
 ところが前節(二三節)には、乳飲み子のイエスを神殿に連れてきたのは、主に献げた初子の男子を贖うためであることを示唆する律法の引用があり、本節の献げ物が「産婦の清め」のためか「初子の贖い」のためのものか曖昧です。「産婦の清め」には普通新生児は連れて行く必要はありません。しかし、「初子の贖い」のためにはこのような「山鳩一つがいか家鳩の雛二羽」というような規定は見当たらないので、やはりこれは「産婦の清め」を指していると見るべきでしょう。いずれにしても、ルカはイエスの誕生がすべて旧約聖書の律法を成就する出来事であったことを伝えたいのであって、モーセ律法に無縁な異邦人読者に律法を順守する仕方を説明しようとしているのではないのですから、わたしたちも無理にどちらかに決める必要はないでしょう。

イエスの神殿奉献記事をナジル人の誓願に関係づける説(「新共同訳新約聖書注解T」274頁参照)では、この「山鳩一つがいか家鳩の
雛二羽」を民数記六・一〇の引用としています。しかし、民数記六章の「ナジル人の誓願」の中でのこの規定は、ナジル人の誓願を立てた者が死体に触れるなどして聖別した頭髪を汚した場合の規定であって、乳児イエスには適用できません。

 そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。(二・二五〜二六)

 ルカの誕生物語の現形が成立するまでには、複雑な伝承の過程と編集の段階があったと推察されます。少なくとも現形になる前の段階では、二二節から二四節の神殿での記事の後に、三九節の「親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った」という記事が続いていたのではないか、と多くの注解者が推察しています。しかし、編集の最終段階で、ヨハネの誕生とイエスの誕生の対応関係を完全にするために、ヨハネの場合のザカリアの預言に対応するシメオンとアンナの記事を入れたと考えられます。編集過程がどうであれ、シメオンの預言はイエスの誕生がもたらす福音の質をよく指し示しています。
 シメオンという人物には「義(ただ)しく、信心深く、イスラエルの慰めを待望し、その上に聖霊が留まる人」であったという説明がついています。ユダヤ教社会で「義(ただ)しい」というのは、モーセ律法を落ち度なく守って生活していることを指します。そういう人が「義人」と呼ばれます。「信心深い」という形容詞はルカ文書だけが用いている用語で、「敬虔な」とか「敬神の念が篤い」という意味で、異邦人社会でも宗教熱心な人を指すのに用いられます。さらに義人シメオンの敬虔は、律法を落ち度なく守っているだけでなく、「イスラエルの慰めを待望している」と、その内容が具体的に説明されています。「イスラエルの慰め」というのは、ずっと異邦人の支配の下で苦難の歴史を歩んできたイスラエルの民が、その支配から解放されて恐れなくヤハウェに仕えるようになるという、終わりの日の神の約束の実現を指しています。シメオンがこのような終末的待望を抱いていたことは、彼がたんに律法に忠実な生活をするユダヤ教徒であるだけでなく、彼が終わりの日に到来する救済者メシアを待望する、黙示思想的傾向のファリサイ派とかエッセネ派というようなユダヤ教の一派に属する人物であったことを示唆しています。
 ルカは、福音にかかわる出来事すべてを聖霊の働きとして体験し自覚してきたパウロ系の福音活動に連なる著作家として、その著述において「聖霊」という語を多用しています。誕生物語だけでも七回出て来ます(「御霊」の一回を含めて)。ここでもシメオンが示す霊性を「聖霊が留まる」人という表現で指し示しています。そして、シメオンはその聖霊から「主メシアに会うまでは決して死を見ることはない」(直訳)というお告げを受けていました。ここで「主が遣わすメシア」と訳されているのは意訳で、直訳は「主メシア」であり、二章一一節の「主メシア」と同じ句です。この「主《キュリオス》」と「メシア《クリストス》」は同格で並んでいて、《キュリオス》である《クリストス》という意味です。この二つの称号の組み合わせは、《キュリオス》という称号がイエス・キリストの地位を指す称号として用いられた異邦人伝道で活動したルカが好んで用いた組み合わせです(たとえば使徒二・三六)。その《クリストス》をユダヤ教徒の間での称号である「メシア」と訳す翻訳(新共同訳)では「主メシア」という表現になります。ルカはこの表現を誕生物語でも用いることになります。
 「〜までは死を見ない」という表現は、ある出来事を生きている間に体験することを指す慣用的な表現で、同じような表現をイエスも用いておられます(マルコ九・一)。そのようなお告げを受けているシメオンが、あるとき聖霊によって「今神殿に行くように」と促されて、神殿に向かいます。

 シメオンが御霊に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。(二・二七)

 シメオンが神殿の境内に入って来たとき、律法の規定どおりにいけにえを献げようとして幼子イエスを神殿に連れて来ていた両親に会います。この出会いは決して偶然ではなく、「御霊に導かれて」起こった出会いだ、とルカは聖霊を繰り返し用いて強調します。もし聖霊がシメオンに「今神殿に行くように」と促されなかったら、この出会いはありませんでした。こうして、イエスに関して起こった出来事はすべて聖霊の導きによって起こった出来事、神から出た出来事であることが、誕生物語から繰り返し強調されることになります。

 シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」。(二・二八〜三〇)

 シメオンはマリアに抱かれている赤子のイエスを見たとき、やはり聖霊によって「この子がそうだ」と示されたはずです。マリアから赤子を受け取り、自分の腕に抱き、神を賛美します。ここでシメオンが発した賛美は、「主メシアに会うまでは決して死なないとのお告げを受けていた」シメオンが、その約束を果たして、生きているうちにその方に出会わせてくださった神への感謝であり賛美です。シメオンは「わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と言っています。今自分の腕に抱いてその目を見つめ、その体重を感じているこの幼子こそ、「あなたの救い」そのもの、すなわち「神の救い」を体現する約束の「主メシア」であるからです。

このときシメオンが幼子イエスを抱いて語った預言の言葉は、キリスト教会では、ラテン語訳の最初の言葉によって、「ヌンク・ディミティス」(今やあなたは去らせる)と呼ばれています。これは、ザカリアの「ベネディクトゥス」とマリアの「マグニフィカート」と並んで、ルカの誕生物語における重要な賛美また預言として扱われています。

 「これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです」。(二・三一〜三二)

 自分の身に約束を果たしてくださった神へのシメオンの賛美は、その幼子が体現する救いの質を預言する賛美へと進みます。まずその救いが「万民のためにあなたが備えてくださった救い」であることが賛美され預言されます。神は、その救いをある特定の民族や階級の人たちのために用意されたのではなく、「万民」すなわち地上のすべての民のために用意されました。最初にこのことが強調されるのは、ユダヤ教の枠を超えて福音を世界のすべての民に告知する活動に携わっているルカにふさわしい形です。
 そして、その「万民」が、当時のユダヤ教における分け方に従って、「あなたの民イスラエル」と「異邦人」とに分けて、それぞれに対するこの幼子の意義が標語のように簡潔に語り出されます。ここで異邦人がイスラエルよりも先にあげられていることが注目されます。パウロはいつも「最初にユダヤ人、そして異邦人もまた」と言っていました。パウロの時代ではまだイスラエルが救済史の担い手でした。しかしルカの時代には、救済史の担い手が世界の諸国民となる「異邦人の時代」が始まっていました。その中にユダヤ人もまた含まれるという形になっていました。ここの順序はそういう「異邦人の時代」の救済史理解が反映しているのかもしれません。

「異邦人の時代」については、拙著『福音の史的展開U』505頁の「W ルカ福音書における終末待望」、とくにその中の「エクレシアの時、異邦人の時」の項を参照してください。また、拙著『ルカ福音書講解U』338頁以下の「補説 ルカにおける終末待望」の項も参照してください。

 シメオンの賛美は、この幼子は「異邦人を照らす啓示の光」となると預言します。これまで神の啓示はイスラエルにだけ与えられていて、他の異邦諸国民は無知の暗闇に放置されていました。異邦諸国民は、イスラエルの民に啓示されていた天地の創造者である唯一の神を知らず、人間の技や考えで造った金、銀、石、木などの像を神々として拝んでいました。神はこのような「無知の時代」を大目に見ておられましたが、今は世界の諸国民に悔い改めてこのまことの神に立ち帰るように呼びかけようとされます。この幼子こそその呼びかけとなる方、すなわち、異邦諸国民の民を照らして唯一のまことの神を知らせる「啓示の光」となり、この神に立ち帰る道を照らす方である、との預言です。後に神はこの方を死者の中から復活させて、その確証をお与えになります(使徒一七・二九〜三一参照)。
 この幼子が「異邦人を照らす啓示の光」となることが預言された後に、この幼子が「主の民イスラエルの誉れ」となることが預言されます。ここで「誉れ」と訳されている《ドクサ》は、普通「栄光」と訳される語です。この幼子がイスラエルの誉れ、栄光となるというのは、イエスという人物を生み出して世界の歴史に登場させたことが、イスラエルの民、ユダヤ人の栄誉になるということです。どの国民にも誇りとする偉大な人物がいます。内村鑑三は「代表的日本人」という書を英文で発表し、彼らが日本人であるがゆえに持ちえた偉大さを世界に紹介しました。ここではシメオンによって、イエスがユダヤ人であるがゆえに持ちえた偉大さが世界の民に称揚され、イエスこそイスラエルの歴史と特質を成就完成する人物として世界の人々に記念されるようになる、という預言がなされたのです。事実、イエスはこの預言どおりに、その登場が世界の歴史を「その前」と「その後」に二分することになりました。まさに、イエスの登場はイスラエルの歴史を完成する出来事、ユダヤ人の存在意義を成就する出来事です。イエスを世界史に登場させたことが、イスラエルの民、ユダヤ人の誉れです。

 父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。(二・三三)

 このシメオンの賛美であり預言である言葉を聞いた父と母、すなわちヨセフとマリアは、自分たちが世にもたらした赤子についてなされたこのような不思議な預言を理解できず、ただ驚き戸惑います。預言は大抵あまりにも意外で、聞いた者に驚き、戸惑い、反発を引き起こします。この時の二人も同じです。驚く二人にシメオンはさらに、この幼子が長じて世に出たとき、どんなことが起こるのかを語り出します。

 シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。 ―― あなた自身も剣で心を刺し貫かれます ―― 多くの人の心にある思いがあらわにされるためです」。(二・三四〜三五)

 聖霊によって語るシメオンは、この幼子が長じて世に出たとき、どんなことが起こるのかという重要な預言を、父親のヨセフを差しおいて、母親のマリアに語りかけます。ここにもルカの誕生物語の特色が出ています。マタイの誕生物語では、事態を進行させる天使の啓示はすべてヨセフに与えられています。イエス誕生の予告さえマリアではなくヨセフに与えられています。マタイの誕生物語の中心人物はマリアではなくヨセフです。それに対してルカの誕生物語では、ヨセフではなくマリアが中心人物です。イエス誕生の予告も、イエスの生涯についての預言もすべてマリアに与えられています。ヨセフの名が出てくるのは、マリアの婚約相手であることを紹介するところ(一・二七)、彼がダビデの家系であることを示すところ(二・四)、および飼い葉桶の場面(二・一六)の三箇所だけです。後世のキリスト教会に起こったマリア崇拝(後述)は、ルカの誕生物語に起源があると言えるでしょう。
 シメオンは幼子イエスを腕に抱いて、「今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と言いました。しかし、シメオンが見た「救い」は、当時のイスラエルの民が期待していた救いとは違うものであること、言い換えれば、その救いをもたらすメシアは、彼らが待ち望んでいたメシアとはまったく違う姿で現れることが預言されます。
 この幼子が長じて、民を救う者としてイスラエルに現れるとき、その姿は彼らが期待していた姿とまったく違うことが預言されます。民が待ち望んでいた救いは、イスラエルが異邦人の支配から解放され、ダビデ王国の栄光が回復され、イスラエルが恐れることなくヤハウェに仕える(=律法に忠実に礼拝する)ことができるようになることでした(一・六七〜七四)。しかし、この幼子は長じてイスラエルに現れるとき、そのような救いをもたらして民の歓呼を浴びるメシアではなく、「イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められている」というのです。
 イエスはその公の活動時期には、多くの病人をいやし、悪霊を追い出し、神の恵みを語り伝えるなど、善い業をなされました。多くの人たちがイエスの働きによって絶望の淵から立ち上がり、神を賛美する生活に入りました。しかし、そのように「立ち上がった」人は、たいてい貧しい底辺の人々で、「物言わぬ民」でした。それに対して「もの言う人々」、すなわちユダヤ教社会で公に発言する階層の人たちの多くは、イエスに反対して、イエスを聖なる律法に逆らう者であるとイエスを言葉で非難し、言い逆らいました。そのようにイエスに言い逆らった人たちはサドカイ派やファリサイ派などの祭司とか律法学者というようなユダヤ教指導層の人たちでした。その言い逆らいの締めくくりが、そのような階層の人々で構成される最高法院のイエスに対する死刑判決です。このようにイエスに言い逆らった人々は、その言い逆らいによって「倒れ」ました。彼らの倒れは甚だしく、彼らの拠り所であった神殿は「一つの石も崩れずに他の石の上に残ることがない」ほど徹底的に打ち倒されました。
 「反対を受けるしるし」という句の直訳は、「言い逆らいのしるし」です。「しるし」《セーメイオン》というのは、神との関わりで起こる目に見えない霊的事態を指し示す、地上の人間が体験できる具体的な事物や出来事です。従って、「言い逆らいのしるし」というのは、彼が民から言い逆らいを受けるという事実(それは人間が地上で体験し、歴史に書きとどめることができる具体的な出来事です)を予告するだけではなく、その出来事(彼が言い逆らいを受けるという事実)が、民が神に言い逆らっているという霊の事態を指し示す「しるし」となる、という意味です。この幼子が長じてイスラエルに現れるとき、その生涯は民から歓呼されるのではなく、逆に民から言い逆らいを受けて、民の神への反抗を指し示す「しるし」となる、という預言です。
 この幼子が「言い逆らいのしるしへと定められている」という預言の後に、「多くの人の心にある思いがあらわにされるためです」という、そのように定められていることの目的を説明する文が続いています。将来その人物への言い逆らいが神への反抗の「しるし」となるだけでなく、その人物に直面することで人の心の奥底に隠されている思いが明るみに引き出されて、人が実際に神に向かう者であるか背を向ける者であるかが決められる、すなわち裁く(=分ける)ことが行われる、という預言です。これは、後にヨハネがイエスの登場がすでに裁きである(ヨハネ三・一八〜一九)と言いますが、それを先取りしています。
 「言い逆らいのしるしへと定められている」という預言と、「多くの人の心にある思いがあらわにされるためです」という説明の間に、その繋がりを裂く形で、「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」というマリアへの個人的な語りかけが割り込んでいます。それで、この部分は(底本でもどの翻訳でも)「 ― 」で囲まれています。この幼子が「言い逆らいのしるし」となることが母親のマリアにとってどんなに辛いことを意味するかが、「剣で心を刺し貫かれる」という、その出来事の激しさにふさわしい激しい表現で語られます。この預言を語り伝えた人たち(=伝承の担い手たち)は、イエスの最後が凄惨な十字架刑であったことを知っています。そのことを、このマリアへの予告の形で指し示しながら語り伝えたことでしょう。このマリアへの予告は、イエスの十字架を指しています。
 このように、シメオンの預言は、この幼子が「万民のための救い、異邦人を照らす啓示の光、イスラエルの誉れ」であることを預言すると同時に、その救いがその人物の苦難を通して来ることを預言していることになります。

 また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。(二・三六〜三八)

 シメオンの預言に続いてルカは、アンナという女預言者が幼子イエスこそがイスラエルの待望を満たす者であることを語ったという記事を置きます。旧約聖書にはミリアム、デボラ、フルダ、イザヤの妻など、女預言者の存在と活動が数多く伝えられています。ルカは男性の預言者であるシメオンの後に、女性の預言者を登場させて、物語における男性と女性のバランスをとります。ルカは福音の物語において男女をペアで登場させてバランスをとる著作家であり、そのペアは一三組もあることを指摘した注解者もいます。誕生物語におけるザカリアとマリアの賛歌のペアもその実例でしょう。ここにもルカの女性尊重の姿勢が見られます。
 アンナという女預言者を紹介する記述が、他の登場人物と較べて目立って詳しいことが注目されます。これは、普通は女性の証言が認められないユダヤ教社会で、アンナの場合は特別であることを印象づけるためであると見られます。
 アシェル族はヤコブの八番目の息子を名祖とする氏族で、北王国に住んでいました(歴代誌上七・三〇〜四〇)。しかし、ガリラヤに住む者たちから分かれて南のエフライムの山地に住む支族もいたとされています。ファヌエルはエルサレムに近い南の支族の人だったかもしれません。その娘アンナについての記述は、ユダヤ教の敬虔の模範として描いているのでしょうが、「若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた」とあるのは、テモテT五・三〜一六にある「寡婦」に関する最初期共同体の規定の中で、「やもめとして登録」する女性の資格(九節)や、「神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていた」姿は、その生活についての規範(五節)を思い起こさせます。アンナの姿は、最初期共同体の寡婦集団の模範として描かれているという面もあるようです。この事実は改めてルカと牧会書簡の親近性を思い起こさせます。
 そのアンナが、シメオンに続いて、神殿に連れてこられた幼子イエスを指して、「エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に」、この子こそ彼らの待望を満たす者だと語りかけます。その言葉の内容は伝えられていませんが、すでにシメオンの預言で語られているので重複を避けたのでしょう。そのことは、「イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた」というシメオンについての記述と、アンナが語りかけた聴衆についての「エルサレムの救いを待ち望んでいる人々」という記述の並行関係が示唆しています。両方とも当時のイスラエルの民の終末待望とその待望の成就を語っているからです。ここで用いられている「エルサレムの《リュトローシス》(贖い、解放)」は、「イスラエルの慰め」と同じく、神の民イスラエルの終末的な救済を指す並行表現です。シメオンもアンナも共に、この待望がこの幼子によって満たされることを預言します。まさにこれこそ、ルカがこの誕生物語で主張する主眼点です。