書 評   『福音の史的展開』     水 垣 渉


       紹介 市川喜一著『福音の史的展開』T・U、
           京都:天旅出版社 2010、2012
                                                
   喜ばしいおとずれであるキリストの「福音」について、この国で一つの喜ばしい証言が出来事となった。本書の刊行がそれである。私はその意義について少しく語りたい。
   本書はT巻540頁、U巻730頁、計1270頁の大冊である。簡単に読み通すことはできない。しかしTのまえがきと序論、Uのまえがきと終章を読めば、著者の意図は明瞭に理解できる。読者にもまずこれらの部分をお読みになるよう勧めたい。それによれば著者は、「福音の歴史的展開を追究して福音の本質に迫ろうとする著作」(U728)を著わそうとした。この意図は、次のような問いから成り立っている。
 
  @ 福音とは何か。  
  A 福音は歴史とどのように関係しているか。具体的にいうと、歴史的に成立してきた多様な文書を含む新約において福音はどのように語られているか。  
  B 福音の歴史的展開から福音の本質へと迫る時に、その福音はキリスト教あるいは教会という歴史的な存在に対してどのような役割を果たすことができるか。
 
  @ は、ローマ書一章一六節「福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、すべて信じる者には、救いに至らせる神の力である」に集約されている著者自身の信仰と結びついている。
 
  次にAの問いを扱うにあたって、著者は、紀元後七〇年のエルサレム陥落を境として最初期キリスト教における福音活動を前期と後期に分け、Tではこの前期を、Uでは後期を扱う。前期は、「復活者イエスの顕現」から「パウロの異邦人伝道」まで、後期はイエス伝承がマタイ・マルコ福音書としてまとめられ、さらにパウロ以後の福音、ヨハネ共同体の福音書、さらにルカ福音書・使徒言行録へと展開していく過程をたどる。
 
  そしてUの最後の章で、問いBへの答えを提出する。そこでは福音の客体化としての「キリスト教」、「教会」の歴史的成立を説明するとともに、「キリスト教を相対化する福音」、あるいは福音における「恩恵の絶対性」、この意味での「福音主義」を高らかに歌い上げる。「福音によって「キリスト教」を相対化して乗り超えていく」(U714)道が開かれるのである。
 
  以上によって本書は、歴史的叙述としても、またそこから導き出された信仰的主張としても完結した著作になった。今私は「それによって導き出された」といったが、これは、信仰的主張によって初めから歴史的な事実を割り切ったりするのでなく、テキストの歴史的解釈にあくまでも忠実であろうとする著者の態度・方法を言い表したいからである。この意味で著者の方法は「歴史的・(自己)批判的」であって、新約学の基本的方法と何ら違いはない。

 本書には、著者が五〇有余年、新約のほぼ全体にわたって続けてきた講解が基礎になっている。それを著者は講解(ホミリー)と呼んでいるが、事実上註解(コンメンタリー)でもある。最新のものを含めて多くの研究・注解書を参照し、また諸学説を綿密に批判的に検討したものだからである。またその過程で著者は、従来学界で慣用されてきた諸概念・術語が時として適切でないことに気づき、それらに代わるいくつかの表現を提言している。またいくつかの新しい視点と見解をも提示している。このことだけでも、本書を学問的に真剣に取り上げるに足る十分な理由がある。

 『福音の史的展開』は、題名からは一般に「原始キリスト教史」と呼ばれているものと同じだとみなされるかもしれない。しかし本書は、内容としては、新約神学を含む総合的な著作である。新約学者は多くの場合、個別の研究に基づいて新約各書の注解を書く。そして神学者にとっては、その成果を「新約神学」にまとめることが目標になる。しかし新約神学と題する著作をあらわすことができる学者は多くない。しかしそれ以上に難しいのは、新約の歴史を著わすことである。事実、学問的な原始キリスト教史の著作は世界的にもきわめて乏しい。この国でもそうである。新約のように、一見単純であるが複雑多岐にわたる史料と、それにまつわる多様な解釈を自分の目で分析し、論理的に整合した一つの筋立てをもった見取り図を作り上げるには、長年の研究と明晰な分析力、総合力、そして表現力が必要である。これらを兼ね備えた著者の本書の文章と叙述は明快で、この点で通常の理解力を持った人であれば誰にも理解が可能である。

 著者は「基本的には著者の信仰告白的な作品」(U729)である本書を完成したことによって「生涯の課題を果たした思い」だと述懐しておられる(U728)。また著者は「厳密な学術的論説ではなく、信仰的所感の程度」(T12)と謙遜しておられるが、本書が著者の多くの新約講解とともに、著者の生涯と思いを超えて、一〇年後、二〇年後にいたるまでもこの国の人々に福音を語りかけ、また学界にも大きな寄与をなし続けることを、私は確信している。


【追記】 著者からのコメント

 評者水垣渉氏は長年京都大学文学部哲学科のキリスト教学を担当してこられた京都大学名誉教授で、日本基督教学会の理事長も務められた学究であり、現代のキリスト教神学界を広く見渡すことができる立場の方です。氏はこの長大な著作の内容、性格、意図を的確にまとめてくださり、三つの問題点に絞って紹介してくださり、入りやすくしてくださっていることは、まことに有難いこととして感謝のいたりです。その上、このような立場の評者が、本書やその基になっている新約聖書の講解について、「学問的に真剣に取り上げるに足る十分な理由がある」としてくださっていることは、「終刊の辞」で述べましたように、「この国において聖霊体験に基づく聖書信仰と学問的な神学研究が橋渡しができないで分裂しいる現状を憂い」、両者を統合することを聖書研究の課題としてきた著者には、その課題の一端が果たせたのかもしれない、と大いに励まされた次第です。有難うございました。

   (天旅 2012年4号  所収)


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