ヨハネ福音書 翻訳と講解 

 第六章  いのちのパン


 15 五千人に食べ物を与える(6章 1〜15節)

 1 このようなことの後、イエスはガリラヤの海、すなわちティベリアの海の向こう側へ立ち去って行かれた。 2 大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。 3 イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。 4 ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。
 5 イエスは目を上げ、大勢の群衆が自分のもとにやって来るのを見て、フィリポに言われる、「この人たちに食べさせるために、どこからパンを買ってくればよいだろうか」。 6 これはフィリポを試みるために言われたのであって、ご自分は何をしようとしているか知っておられたのである。 7 フィリポは答えた、「めいめいが少しずつ受け取るためにも、二百デナリオンのパンでも足りないでしょう」。 8 弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレがイエスに言う、 9 「ここに、大麦のパン五つと魚二匹を持っている若者がいます。けれども、これほどの人たちにとっては、これは何になるでしょうか」。
 10 イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。その場所には草がたくさんあった。男たちは座ったが、その数はおよそ五千人であった。 11 すると、イエスはそのパンを取り、感謝を捧げ、魚も同じようにして、横になっている者たちに欲しいだけ分け与えられた。 12 人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに言われる、「何も無駄にならないように、残ったパン屑を集めなさい」。 13 そこで彼らは、人々が五つの大麦のパンを食べて残したパン屑を集めて、十二の籠をいっぱいにした。
 14 すると、人々はイエスがされたしるしを見て、「この方こそほんとうに世に来るはずのあの預言者である」と言った。 15 そこでイエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしていることを知り、ひとりで再び山に退かれた。

ガリラヤの山で 

 このようなことの後、イエスはガリラヤの海、すなわちティベリアの海の向こう側へ立ち去って行かれた。(一節)  「このようなことの後」とありますが、五章の終わりでは、イエスはエルサレムにおられます。その後、イエスがガリラヤへ行かれたことを語らないで、突然「イエスはガリラヤの海、すなわちティベリアの海の向こう側へ立ち去って行かれた」と書くのは、たしかに不自然です。四章の終わりでは、イエスはガリラヤのカナにおられるのですから、そこから「海の向こう側へ立ち去って行かれた」と続く方が自然です。それで六章一節は、五章よりも四章の終わりに続くと見る方が自然に読めます。このため、五章と六章が入れ替わっているのではないかという「錯簡」の問題が起こってくることになります。「錯簡」を認めて、五章よりも先に六章を読んだとしても、その内容の理解に差し支えがあるとは考えられません。

  「錯簡」の問題については、前号4頁の「錯簡」についての注記を参照してください。

 当時、ガリラヤ湖は「海」と呼ばれていました(海と湖は同じギリシア語です)。「海」を説明する「ガリラヤの」という語の後ろに、さらに「ティベリアの」という語が続いています。通常説明的な付加は後ろに付けられるので、後の編集者が自分の時代の読者のために、原著の「ガリラヤの海」の後ろに「ティベリアの海」というローマ風の呼び名を加えたと見てよいでしょう。

 「ティベリアス」は、後20年にガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスがティベリウス帝を記念してガリラヤ湖西岸に建設したローマ風の都市です。したがって、「ティベリア湖」という呼び名はそれ以後になります。この呼び方は、新約聖書ではヨハネ福音書だけに出てきます(ここと二一・一)。このような呼び方にも、この福音書が最終的にはパレスチナ以外の異邦人環境で成立したことが示唆されています。

 ヨハネ福音書では、カナやカファルナウムがある西岸から向こう側の東岸に渡り、そこでパンの奇跡が行われ(一〜一五節)、その後再び西岸のカファルナウムに渡るときに水の上を歩くイエスの顕現があり(一六〜二一節)、到着したカファルナウムで命のパンについての対話がなされたことになります(二二〜二五節)。
 
 ところがマルコ福音書では、イエスは「舟に乗って人里離れた所へ」行き(しかしまだ西岸におられます)、そこでパンの奇跡が行われた後(マルコ六・三二〜四四)、そこから「向こう岸の(東北岸にある)ベトサイダへ」渡るときに湖上の顕現があったことになります(六・四五〜五二)。マタイはほぼマルコに従っていますが、ベトサイダという地名は略しています。ルカは、ベトサイダでパンの奇跡が行われたと伝えるだけで(ルカ九・一〇〜一七)、湖上の往復の記事はありません(したがって湖上の顕現記事もありません)。このように、パンの奇跡が行われた場所については、福音書の記事は混乱していますが、イエスが群衆から離れ、寂しいところへ「立ち去って行かれた」ことは共通しています。
 
 大勢の群衆が後を追った。イエスが病人たちになさったしるしを見たからである。(二節)

 立ち去って行かれたイエスの後を大勢の群衆が追います。エルサレムの住民がガリラヤ湖の向こう側へ立ち去られたイエスの後を追うのは不自然で、当然この群衆はガリラヤの人たちのはずですから、この記事も四章からの続きと読まなければなりません。
 
 大勢の群衆が後を追ったのは、「イエスが病人たちになさったしるしを見たから」、さらに自分たちの必要を満たしてもらうためでしょう。ガリラヤでイエスが病人をいやされた出来事は、カファルナウムの役人の息子をいやされた記事(四・四六〜五四)があるだけです。しかし、ガリラヤの人たちも祭りに行って、エルサレムでイエスが行われたしるしを見ていたので、ガリラヤでもイエスに対する期待は大きかったようです(四・四五)。また、ガリラヤの人たちが「イエスが病人たちになさったしるし(複数形)を見たから」とあるのは、イエスが実際にガリラヤでも多くのいやしを行われたことを前提にしている可能性もあります。この福音書は、イエスがなされた「しるし」を見て信じるように、呼びかける一面があります。
 
 イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。(三節)
 
 ユダヤ教においては、山はいつも啓示の場所です。モーセはシナイ山で神から律法を授けられました。イエスも山に登って「御国の福音」を説き(マタイ五・一〜三)、山で復活者の栄光を示されました(マタイ一七・一以下、二八・一六以下)。著者(または編集者)は、パンの奇跡を啓示の出来事として意味づけるためにこの節を入れたと見られます(共観福音書にはこのような記事はありません)。しかし、「大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て」(五節)とか、男五千人が回りに座った(一〇節)のは、山の中よりも平地での出来事と見る方が自然です。一五節の「再び山に退かれた」の「再び」を重視すれば、イエスは弟子たちと一緒に山に登り、祈り教えられた後、いったん平地(あるいは山の中のやや平らな場所)に下りて来て群衆にパンを与え、再び山に退かれたことになります。
 
 イエスは「弟子たちと一緒にそこにお座りになった」とあります。ユダヤ教では、ラビは座って弟子たちを教え、弟子たちも師の前に座って教えを聴きました。この一文は、マタイの「山上の説教」がそうであったように(マタイ五・一〜三)、イエスは山では弟子たちに教えを説かれたことを示唆しています。
 
 ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。(四節)
 
 ヨハネ福音書では、イエスはほぼ祭りの度ごとにエルサレムに上り、都で活躍されています。しかし、この年の過越祭にはエルサレムに上らず、ガリラヤにおられたことになります(共観福音書と同じ)。前の年の過越祭にはエルサレムに上り(二・一三)、翌年の過越祭(一一・五五、一二・一)が最後の過越祭になるので、イエスの公の活動期間は三回の過越祭を含み、少なくとも二年を超え、三年近くになる可能性もあることになります。
 
 著者ヨハネは「ユダヤ人の祭り」(年三回の巡礼大祭)を、福音書の構成原理として用い、かつイエスはユダヤ教神殿祭儀の意義を成就する方であるとしている(四・二一参照)ので、ここでも過越祭の意義がパンの奇跡で成就されているという主張がこめられています。その意義は、二二節から始まる長大な対話で展開されることになります。
 
 なお、著者はユダヤ教の巡礼大祭を「ユダヤ人の祭り」と、何か他人事のように呼んでいます。著者自身はユダヤ人であると考えられますが、ユダヤ教からは遠く離れたところで生きている異邦人に向かって語りかけているという環境と、ユダヤ教会堂と厳しく対立しているという状況から、このような呼び方をすると見られます。

弟子たちとの対話 

 イエスは目を上げ、大勢の群衆が自分のもとにやって来るのを見て、フィリポに言われる、「この人たちに食べさせるために、どこからパンを買ってくればよいだろうか」。(五節)

 「フィリポに言われる」という原文の動詞は現在形です。この段落の動詞は現在形と過去形が混じっていますが、この混在については、二〇〇三年5号4頁の注記を見てください。

 群衆にパンを与えることについてのイエスと弟子の対話では、共観福音書には特定の弟子は名指しされていませんが、ヨハネ福音書ではフィリポとアンデレが名指しされています。フィリポは、共観福音書では十二使徒の人名表に出てくるだけですが、ヨハネ福音書では重要な役割を果たしています(ここ以外では一・四三〜四八、一二・二一〜二二、一四・八〜九)。パンの奇跡が行われた場所が、ルカ(九・一〇)が伝えるようにベトサイダであれば、ベトサイダ出身のフィリポ(一・四四)に「どこから買ってくればよいのか」の問いが向けられたことは自然なことになります。
 
 これはフィリポを試みるために言われたのであって、ご自分は何をしようとしているか知っておられたのである。(六節)
 
 六節は、「しるし資料」のパンの奇跡物語の意義を説明するために著者(または編集者)がつけた説明であると見られます。イエスが、ご自分がこれからなそうとしておられることを知っておられるのに、弟子に質問されたのは、弟子の信仰を試すためであると、著者は説明します。
 
 フィリポは答えた、「めいめいが少しずつ受け取るためにも、二百デナリオンのパンでも足りないでしょう」。(七節)
 
 「デナリオン」は労働者一日分の賃金に相当します。したがって二百デナリオンは、現在の貨幣価値では数百万円の金額になります。「二百デナリオンでは」(新共同訳)という訳では、弟子たちが二百デナリオン持っていることになるので、「たとえ二百デナリオンがあっても」の意味に理解します。フィリポの答えは(次のアンデレも)、彼の思いが人間の常識の範囲内にとどまり、神の力と働きを想像することができないことを示しています。イエスがされようとしていることと、それについての対話者の理解との間にあるギャップは、この福音書の対話の構成原理の一つです。
 
 弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレがイエスに言う、「ここに、大麦のパン五つと魚二匹を持っている若者がいます。けれども、これほどの人たちにとっては、これは何になるでしょうか」。(八〜九節)
 
 「シモン・ペトロの兄弟アンデレ」は、共観福音書ではシモンと一緒に召されたことと十二使徒の人名表に出てくるだけですが、ヨハネ福音書ではシモンをイエスのもとに連れてきた人物として(一・四〇〜四二)、また、ここと一二・二二で、フィリポと一対で重要な役割を果たしています。アンデレもフィリポと同じくベトサイダの出身です(一・四四)。共観福音書がシモン・ペトロを重視するのに対して、ヨハネ福音書はこの二人の役割を重視しています。
 
 「魚二匹」の原語は「二つの《オプサリオン》」です。この《オプサリオン》という語は、本来パンに添えて食べられた「調理された食物」を意味します。干したり味つけされた魚がよく用いられました。この語が用いられるのはヨハネ福音書だけで、共観福音書はみな「魚」という語を用いています。携帯食に生魚をもってくることはまずないので、ヨハネ福音書の記述が正確であると考えられます。しかし、ギリシア語で「イエス・キリスト・神の・子・救い主」の最初の文字を並べると「魚」という単語になるので、「魚」は救いとか復活の象徴とされ、初期のキリスト教徒は魚のシンボルを好んで用いました。共観福音書にはこの傾向が反映しているのかもしれません。
 
 「若者」と訳した語は、小さい子供を意味する語ですが、若者とか若い奴隷という意味でも用いられます。ここでは、荒野に「男五千人」が集まったのはメシア運動としての出来事であったと見るので(次の一〇節の講解を参照)、子供とか少年ではなく「若者」と理解します。

五つのパンを五千人に

 イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。その場所には草がたくさんあった。男たちは座ったが、その数はおよそ五千人であった。(一〇節)
 
 過越祭は春にあります。マルコ(六・三九)は「青草」としていますが、他の福音書はみな「草」だけです。草の上に座ったのは「男たち」で、「その数はおよそ五千人であった」と伝えられています。マルコ(六・四四)もこの場に集まった人々を「男が五千人」と伝えています(ルカ九・一四も同じです)。また、「百人、五十人ずつ組になって」座ったこと(マルコ六・四〇、ルカ九・一四)も考慮に入れると、これは軍隊組織の形ですから、この時の群衆は、イエスをメシアとして戴いて蜂起しようとして荒野に集まった男たちであったと見られます。そのことは、人々はイエスを「王にしようと」したというすぐ後の記述(一四〜一五節)に明言されています。ヨハネ福音書はこの出来事の性質をもっとも忠実に伝えていると見られます。マタイ(一四・二一)だけが「女と子供を別にして、男が五千人ほど」とし、その場に女や子供もいたことにしていますが、これはこの時の集まりからメシア運動としての性格を取り除いて、イエスの民衆に対する憐れみの場として描こうとしたからでしょう。

 この出来事を共観福音書が伝えるさいの伝え方については、拙著『マルコ福音書講解T』264頁「34 五千人に食べ物を与える」を参照してください。

 すると、イエスはそのパンを取り、感謝を捧げ、魚も同じようにして、横になっている者たちに欲しいだけ分け与えられた。(一一節)
 
 共観福音書では、イエスは裂いたパンを弟子たちに渡し、弟子たちが人々に配ったことになっていますが、ヨハネ福音書ではイエスが直接手渡されます。「パンを取り、感謝を捧げて」とあるのは、最後の晩餐のときのイエスの振る舞いを伝える表現(マルコ一四・二二)と同じです。さらに、「横になっている者たちに」とあるのは、一〇節の「座った」とは違う動詞で、この動詞は最後の晩餐のときに用いられおり、「席についた」と訳されることが多い動詞です。この動詞は、卓に向かって横たわるという意味で、食事の時の姿勢を示しています。このような語法から見ても、一一節が最後の晩餐の伝承を用いていることをうかがわせます。
 
 実際、ガリラヤ湖畔の寂しい荒野で大勢の男たちが集まり、イエスを指導者として立てて、イスラエルに新しい時代をもたらそうとする動きがあったのでしょう。ところが、イエスは彼らのメシア待望とは違う内容の「神の国」を説かれたので、多くの弟子たちが失望して、イエスから去ります(六・六六)。その時にイエスが弟子たちの持っている僅かの食べ物で彼らを満腹させたという伝承が、聖餐の場で信仰を保つ民の中で語り伝えられる過程で、このような物語を形成したと考えられます。

 ガリラヤ湖畔での出来事と最後の晩餐の重なりについては、拙著『マルコ福音書講解U』の終章「91復活者の顕現」の中の「食卓での顕現」を見てください(348頁)。

 僅かの食物で多くの人が食べて残したという物語は旧約聖書にもあり(列王記下四・四二〜四四)、この段落はイエスが預言者エリシャ以上の方であることを物語っています。しかし、それよりもモーセがイスラエルの民にマナを与えた物語(とくに民数記一一章)が比較の対象になっていることは、以下のパンについての対話(六・二二〜五九)からも明らかです。
 
 この出来事が何を意味するのかについて、この出来事を語り伝える伝承が形成される過程で、その意義が加えられて、それぞれの福音書の物語が出来上がりました(共観福音書における意義づけについては、拙著『マルコ福音書講解T』264頁「34五千人に食べ物を与える」を参照してください)。その中でヨハネ福音書は、このパンの出来事をめぐるイエスと群衆との対話という形で、この出来事の意義を語る長大な説教(六・二二〜五九)をつけています。したがって、この出来事の意義については、そこで詳しく扱うことになりますので、ここではその出来事を語る語り方に注意を向けるに止めます。
 
 人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに言われる、「何も無駄にならないように、残ったパン屑を集めなさい」。そこで彼らは、人々が五つの大麦のパンを食べて残したパン屑を集めて、十二の籠をいっぱいにした。(一二〜一三節)
 
 このパンの奇跡の物語を語り伝えたとき、当時の信仰者はこの言葉に自分たちの状況に対する主イエスの語りかけを聴いていたはずです。イエスが「何も無駄にならないように」残ったパン屑を集めなさいと言われた言葉に、彼ら(そしてわたしたちも)は、神がどのような小さい者も失われないように願っておられることを感じていたことでしょう。
 
 さらに、それが「残った」パン屑であることは、選びに取り残された異邦諸民族を神のもとに集めることを指していると見られます。異邦の女が「小犬も食卓から落ちたパン屑をいただきます」と言っていることが連想されます(マルコ七・二八)。そのパン屑を集めて、「十二の籠をいっぱいにした」というのは、異邦諸民族への宣教によって、十二という数で象徴される神の民の数が満ちることを意味することになります。
 
 イエスを命のパンとして宣べ伝える福音の宣教が、広く世界に行き渡り、異邦諸民族が主イエス・キリストを信じるようになって、神の民の数が満ち、神の御計画が成就する時を、この物語を語り伝える人々は望み見ていたのでしょう。
 
 すると、人々はイエスがされたしるしを見て、「この方こそほんとうに世に来るはずのあの預言者である」と言った。(一四節)
 
 「世に来るはずのあの預言者」とは、申命記一八・一五でモーセが、将来「主は、わたしのような預言者を立てられる」と預言した預言者を指します。当時ローマの支配下で、ヤハウェの直接支配(神の支配)の実現を目指す運動(とくに熱心党の運動)が起こり、それを実現するメシアとして、モーセが預言した「あの預言者」の到来が熱く待望されていました。事実、イエスが活動された時代には、霊的カリスマの豊かな人物がメシアと仰がれ(たとえば洗礼者ヨハネ)、またメシアと自称して(たとえばガリラヤのユダなど)、異教徒の支配下にあるイスラエルの民を解放する運動が盛んになっていました。

 イエスの時代のメシア運動については、拙著『マルコ福音書講解U』119頁「時代の状況」を参照してください。

 「イエスがされたしるし(単数形)を見て」、イスラエルの民衆は、イエスこそ神の支配を実現する「あの預言者」、メシアであると期待します。このように五つのパンで五千人を満腹させるという驚くべき「しるし」を行われるイエスは、その内に働く絶大な神の力によって、神に敵対する勢力を打ち破り、神の民イスラエルに勝利をもたらしてくださるに違いないと、期待が高揚します。

 そこでイエスは、人々が来て、自分を王にするために連れて行こうとしていることを知り、ひとりで再び山に退かれた。(一五節)
 
 人々はイエスを力ずくで連れて行き、政治的な指導者「王」として立て、神の直接支配を実現するために異教の支配者ローマと戦おうとします。この荒野の集合はもともと、民衆がイエスを当時のメシア運動に巻き込もうとした出来事であったことを、共観福音書は触れていませんが、ヨハネ福音書が忠実に伝えていると見られます。
 
 イエスはこのような民衆の動きを察知して、「ひとりで再び山に退かれ」ます。イエスがイスラエルの民に与えようとしておられるもの、ひいてはこの世界に与えようとしておられるものは、彼らが求めているものとは違うのです。このことは、続いて行われる彼らとのパンをめぐる対話の中で明らかになります。
 
 「再び」とあるのは、一度「山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りに」なり(三節)、弟子たちを教えた後、やや平らな所に降りてきて、五千人に食べ物をお与えになったので、この度の「山に退く」ことは「再び」と言われることになります。
 
 
 

  16 湖上を歩くイエス(6章 16〜21節)

 16 夕方になったので、弟子たちは海辺に下りて行き、 17 舟に乗って、海の向こう側のカファルナウムに行こうとした。すでに暗くなっていたのに、イエスはまだ彼らのところに来ておられず、 18 その上大風が吹き、海は荒れてきた。 19 二十五から三十スタディオン漕いでいったとき、イエスが海の上を歩き、舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。 20 イエスは彼らに言われる、「『わたしはある』。恐れるな」。 21 そこで、弟子たちはイエスを舟に迎え入れようとした。すると、舟は直ちに行こうとしていた地に着いた。

湖上での顕現

 夕方になったので、弟子たちは海辺に下りて行き、舟に乗って、海の向こう側のカファルナウムに行こうとした。(一六〜一七節前半)
 
 イエスは「ひとりで」山に退かれたので(一五節)、異郷の地に残された弟子たちは、夕方になった頃、舟に乗って海の向こう側のカファルナウムに行こうとします。夜になる前に自分たちの住まいがあるカファルナウムに戻ろうとしたと見られます。マルコの並行記事(六・四五)では、イエスが弟子たちを「強いて舟に乗せ、先に行かせた」とあります(マタイも同じです)。マルコ福音書ではイエスの視点から、ヨハネ福音書では弟子の視点から、出来事が語られていることになります。総じて、湖上での顕現の記事は、ヨハネの語り方がもっとも簡潔で、元の伝承に近く、それがマルコ、マタイと順次に拡大していったと見られます。

 ヨハネ福音書では、イエスと弟子の一行はカファルナウムがあるガリラヤ湖西岸から東岸に渡り、そこで群衆にパンを与える出来事が起こったことになります。そして、イエスがひとりで山に退かれたため、弟子たちだけで自分たちの住まいがあるカファルナウムに戻ろうとしたと見られます。それに対して、マルコ福音書は西岸のどこかでパンの出来事があり、その後弟子たちだけが「向こう岸のベトサイダへ」向かったことになります(マルコ六・四五)。ベトサイダはガリラヤ湖東北岸の町です。ところが、湖上の顕現の出来事の後、「一行は湖を渡り、ゲネサレトの土地に着いた」とあります(マルコ六・五三)。ゲネサレトまたはゲネサレはガリラヤ湖西岸に広がる平野ですから、マルコの記事には不自然さが残ります。マタイ(一四・二二)は、この不自然さを解消するためか、ベトサイダという地名を省いています。ここはマルコがパレスチナの地理に通じていないと言われる一つの事例です。しかし、もともとこの記事は、イエスの復活後の顕現の出来事を地上の生涯の時期に入れたものですから、地理的な不自然さが残るのは当然かもしれません。ルカは、パンの出来事があったのはベトサイダであるとしていますが(ルカ九・一〇)、その後弟子たちだけが舟で向こう岸へ渡る記事はなく、したがって湖上の顕現の記事もなく、すぐにペトロの告白に続いています。

 すでに暗くなっていたのに、イエスはまだ彼らのところに来ておられず、その上大風が吹き、海は荒れてきた。(一七節後半〜一八節)
 
 弟子たちがイエスから離れて、暗闇の湖上に取り残され、しかも大風が吹いて、舟が木の葉のように大波に翻弄される状況が説明されます。ガリラヤ湖には慣れているベテランの漁師である弟子たちも、このような嵐の暗闇の中で怖じ恐れます。
 
 二十五から三十スタディオン漕いでいったとき、イエスが海の上を歩き、舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。(一九節)
 
 「二十五から三十スタディオン」は約四・五キロから五キロくらいの距離です。共観福音書には、このような距離の描写はなく、「夜が明けるころ」、すなわち夜の闇が一番深くなるころという時の指示がなされています(マルコ六・四八)。
 
 弟子たちは、「イエスが海の上を歩き、舟に近づいて来られるのを見て」恐れます。マルコ(六・四九)は、「幽霊だと思い、大声で叫んだ」と書いています。暗闇の中で霊的な存在に接するとき、人間の心は本能的に恐怖を感じます。弟子たちが「恐れた」のも当然です。
 
 イエスは彼らに言われる、「『わたしはある』。恐れるな」。(二〇節)
 
 怖じ恐れる弟子たちに、暗闇の中から声が聞こえます。この声は、たんにイエスが弟子たちに「わたしだ」と呼びかけておられる言葉ではありません。これは、イスラエルの祭儀において、主が御自身を現されるときに名乗られる、神の自己宣言の定式語です。それがギリシア語聖書で《エゴー・エイミ》と表現されて、ここに用いられているのです。すなわち、ここで「海の上を歩き、舟に近づいて来られる」イエスは、もはや地上のイエスではなく、復活者イエスです。肉体をもった人間は水の上を歩くことはできません。ここで、復活者イエスが弟子たちに現れて、神的存在として『わたしはある』《エゴー・エイミ》と名乗っておられるのです。

 この湖上での顕現の記事は、イエスの十字架の後、ガリラヤに逃げ帰り、漁師の仕事に戻っていた弟子たちが復活者イエスの顕現に接した体験を伝える伝承が、イエスの地上の生涯の物語の中に組み込まれたものと考えられます。このことついて、また《エゴー・エイミ》の意義については、拙著『マルコ福音書講解T』272頁「湖上を歩くイエス」で詳しく論じていますので、そこを参照してください。

 そこで、弟子たちはイエスを舟に迎え入れようとした。すると、舟は直ちに行こうとしていた地に着いた。(二一節)
 
 この伝承は、イエスを舟に迎え入れようとしたところ、直ちに目的地に着いたという不思議な体験を語ることになります。マルコ(およびマタイ)では、イエスが舟に乗り込まれると風が静まったと伝えられています。
 
 

  17 パンを求める群衆とイエス(6章 22〜40節)

 22 その翌日、海の向こう側に留まっていた群衆は、そこには小舟が一艘しかなく、イエスは弟子たちと一緒にその小舟には乗り込まれず、弟子たちだけが出かけたことを見ていた。 23 ところが、数艘の小舟がティベリアスから来て、主が感謝を捧げたあとに人々がパンを食べた場所に近づいた。 24 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと気づくと、自分たちもそれらの小舟に乗り込み、イエスを捜してカファルナウムに来た。25 そして、海の向こう側でイエスを見つけると、「ラビ、いつここにお着きになったのですか」と言った。
 26 イエスは答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。 27 朽ちる食べ物ではなく、いつまでもなくならないで永遠の命に至らせる食べ物のために励みなさい。それは人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が人の子を認められたからである。 28 そこで、彼らはイエスに言った、「神の業に励むためには、わたしたちは何をすればよいのでしょうか」。 29 イエスは答えて彼らに言われた、「神が遣わされた者を信じること、これが神の業である」。
 30 そこで彼らはイエスに言った、「では、わたしたちが見てあなたを信じるようになるために、どんなしるしを行ってくれるのですか。どんなわざをしてくれるのですか。 31 わたしたちの先祖は荒れ野でマナを食べました。『彼は彼らに天からパンを与えて食べさせた』と書いてある通りです」。 32 すると、イエスは彼らに言われた、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。モーセがあなたたちに天からのパンを与えたのではない。わたしの父が天から本物のパンをあなたたちに与えてくださるのである。 33 天から降ってきて、世に命を与える者こそが神のパンだからである」。
 34 そこで彼らはイエスに向かって言った、「主よ、わたしたちにいつもそのパンを与えてください」。 35 イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。 36 しかし、わたしがあなたたちに言ったように、あなたたちは見たのに信じようとしない。 37 父がわたしに与えてくださる人は皆、わたしのもとに来るであろう。そして、わたしのもとに来る者を、わたしは決して追い出さない。 38 わたしが天から降ってきたのは、自分の意志を行うためではなく、わたしを遣わされた方の意志を行うためだからである。 39 わたしを遣わされた方の意志は、彼がわたしに与えてくださったものすべてを、わたしが彼から去らせることなく、終わりの日に復活させることである。 40 わたしの父の意志は、子を見て信じる者が皆、永遠の命を持ち、わたしがその人を終わりの日に復活させることである」。  

対話の舞台 

 イエスが五つのパンと二匹の魚で五千人の群衆に食べ物を与えられた出来事と、水の上を歩いて弟子たちの舟にまで来られた出来事を語る二つの段落(六・一〜一五と六・一六〜二一)では、著者は共観福音書にも共通する伝承をほぼそのまま用いていました。ただ、場所や一行の移動については、この福音書独自の描き方が見られました。

 イエスのなされた力ある業を「しるし」として、その意義、すなわちその「しるし」が指し示すイエスにかかわる霊的真理を、イエスとの対話という形で詳しく展開するのがこの福音書の特色ですが、それがここでもパンの出来事をめぐって行われます(二二〜五九節)。この対話の部分は、伝承素材を用いて著者が(ひいていはヨハネ共同体が)世に語りかける福音告知の説教です。その前に、その対話が行われる状況が説明されます(二二〜二五節)。
 
 その翌日、海の向こう側に留まっていた群衆は、そこには小舟が一艘しかなく、イエスは弟子たちと一緒にその小舟には乗り込まれず、弟子たちだけが出かけたことを見ていた。(二二節)
 
 パンの出来事があった日の夕方には、弟子たちは舟に乗って出発しているのですから(一六節)、「その翌日」というのは、直後の「海の向こう側に留まっていた群衆は見ていた」という文を説明するのではなく、この部分は挿入的説明として括弧に入れ、「数艘の小舟がティベリアスから来た」(二三節冒頭)ことを説明していると理解すべきです。すなわち、この部分で著者が言いたいことは、「その翌日――海の向こう側に留まっていた群衆は・・・・を見ていたのであるが――数艘の小舟がティベリアスから来て・・・・」ということだと考えられます。

 底本は二二節の最後に、カンマと終止符の中間的な強さの区切り記号を置き、二三節の最後にドット(終止符)を置いています。この区切り方は、二三節冒頭の《アッラ》(けれども)と共に、このような理解を可能にします。塚本訳もこのような意味に理解しています。

 弟子たちだけが、そこに一艘しかなかった小舟に乗り込んで出発したこと、またその小舟にはイエスは乗り込んでおられなかったことを、「海の向こう側に留まっていた群衆は見ていた」のです。彼らが「見ていた」ことが詳しく描かれているのは、そこにおられるはずがないと思っていたイエスがカファルナウムにおられるのを見て群衆が驚いた(二五節)理由を説明するためです。
 
 ところが、数艘の小舟がティベリアスから来て、主が感謝を捧げたあとに人々がパンを食べた場所に近づいた。(二三節)
 
 「数艘の小舟がティベリアスから来た」のは、偶然来たのか、イエスを捜すために来たのか説明はありませんが、次の二四節の内容からすると、イエスを捜すために来たと見るべきでしょう。
 
 小舟が近づいた場所が「主が感謝を捧げたあとに人々がパンを食べた場所」とされているのが注目されます。一一節では「イエスは感謝を捧げ」とあるのに、ここでは「主が感謝を捧げ」という表現が用いられています。これは、著者がパンの出来事を聖餐と関連させて見ていることを示しています。聖餐伝承では、「主イエス」が感謝を捧げてパンを与えられます(コリントT一一・二三〜二四)。

 ティベリアスは、後20年にガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスがティベリウス帝を記念してガリラヤ湖西岸に建設したローマ風の都市です。ガリラヤ湖西岸の中央よりやや南寄りにあり、北端に近いカファルナウムからは10数キロ南に位置します。イエスの時代以降ではガリラヤの中心都市でありながら、福音書にはここだけにしか出てきません。なお、ナザレから北に僅か6キロにあるセッフォリス(ティベリアスに移るまではガリラヤの首府)も福音書には出てきません。これらのローマ風の都市はギリシア語系ユダヤ人が多く、イエスの活動の舞台にはならなかったからだと考えられます。なお、ティベリアスとかティベリアス湖というような地名が用いられるのは、それがパレスチナから遠い地域の異邦人にもよく知られている地名であるからだと考えられ、この福音書が(エフェソなどの)パレスチナ以外のヘレニズム都市で成立したことを示す指標の一つと見られます。

 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと気づくと、自分たちもそれらの小舟に乗り込み、イエスを捜してカファルナウムに来た。(二四節)
 
 イエスを捜しに来た人々は、「イエスも弟子たちもそこにいないと気づくと」、昨夜からそこにいる人たちと一緒に小舟に乗り込み、カファルナウムに行きます。カファルナウムにはイエスの住まいがあり、ガリラヤにおけるイエスの活動拠点となっていましたから、彼らがイエスを捜すためにカファルナウムに行ったのは自然なことです。著者はおそらくエルサレム生まれの人物であると見られますが(ヨハネ福音書の成立を論じた「もう一人の弟子の物語」を参照)、ガリラヤでのイエスの住まいと活動拠点がカファルナウムであったことはよく知っていたのでしょう。
 
 ところで、前日にイエスのもとに集いパンを与えられた群衆は、「男五千人」とありました(六・一〇)。五千人が舟で対岸に渡るには大船団が必要です。「数艘の小舟」ではせいぜい数十人程度でしょう。パンの奇跡を体験した大部分の群衆はそこで散り散りになり、ごく僅かの者がイエスを捜しにカファルナウムに来たことになります。もっとも、著者はこれから展開しようとする霊的対話の舞台を設定しようとしているだけで、歴史的事実を報告しようとしているのではありませんから、以下の対話はパンの奇跡を体験したユダヤ人とイエスの対話であるとして読めばよいわけです。
 
 そして、海の向こう側でイエスを見つけると、「ラビ、いつここにお着きになったのですか」と言った。(二五節)
 
 群衆はイエスが舟に乗り込まれなかったことを見ていたので(二二節)、「海の向こう側で」(対岸で)イエスを見つけたことに驚きます。その驚きが、「ラビ、いつここにお着きになったのですか」という質問になります。

 「ラビ」という呼びかけについては、一章三八節の講解(『天旅』二〇〇三年5号4頁)を参照してください。

人の子が与える食べ物

 イエスは答えて言われた、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。(二六節)
 
 イエスが「答えて言われた」のは、群衆の「ラビ、いつここにお着きになったのですか」という質問に対する答えではなく、彼らがイエスを捜してここまで来た行動に対する応答の言葉です。彼らが求めているものを見通して、彼らの願いに対してイエスが「答えて言われた」お言葉から、命のパンに関する重要な対話が始まります。
 
 この福音書は、イエスがされる奇跡の業を、イエスが誰であるかを指し示す「しるし」として重視しています。ここの群衆は、イエスがされた力ある不思議な業を見て、その「しるし」としての奇跡によってイエスが誰であるかを悟り、そのような方としての教えを聴くために捜しに来たのではなく、ただパンを食べて満腹し、そのように必要なパンをいつも与えてくださる方のそばにいたいからだと、その願いが物質的なものにすぎないことを指摘します。

 この福音書における「しるし」の意義については、『天旅』二〇〇三年6号8頁の「最初のしるし」を参照してください。

 なお、イエスが「答えて言われた」お言葉は、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う」という荘重なアーメン句で始まっていますが、このアーメン句は、内容から見て、直後の「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ」という言葉を宣言するためではなく、それを前置きとして、次節(二七節)の言葉を荘重に宣言するためであると見られます。

 アーメン句については、『天旅』二〇〇三年5号16頁下段の注を参照してください。

 朽ちる食べ物ではなく、いつまでもなくならないで永遠の命に至らせる食べ物のために励みなさい。それは人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が人の子を認められたからである。(二七節)
 
 この福音書のイエスは、物質的なパンを求めてやって来たユダヤ人群衆に対して、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う」と荘重に前置きして、「朽ちる食べ物ではなく、いつまでもなくならないで永遠の命に至らせる食べ物のために励みなさい」と求めます。その上で、「それは人の子があなたがたに与える食べ物である」と宣言します。この「人の子こそ、永遠の命に至らせる食べ物を与える者である」という宣言が、このアーメン句(二六〜二七節)の主題です。
 
 「朽ちる食べ物」の原語は「滅びる食べ物」です。これと対照されている「いつまでもなくならない食べ物」との対比からすると、それ自体やがて朽ちてなくなってしまう食べ物という意味です。しかし、「永遠の命に至らせる食べ物」との対比からすると、滅びに至る命、すなわち、いずれは死によって滅んでいく肉体の命を養うだけの食べ物という意味も含んでいることになります。結局、肉体を養うための物質的な食べ物を指していることになります。ここで直接的には、群衆が食べて満腹したパンを指しています。
 
 「朽ちる食べ物」に対照される食べ物が、「いつまでもなくならない食べ物」です。「いつまでもなくならない」と訳した原語は、著者特愛の「とどまる」という動詞の現在分詞形です。命のパンとしての復活者イエスは、いつまでもその姿にとどまっておられることを指しています。その「いつまでもとどまる」復活者イエスこそ、永遠の命に至らせる「命のパン」そのものであり、そのパンを与える方です。これは、これから始まる対話全体の主題ですが、その主題が先取りされてここに宣言されます。四章では、イエスこそ「永遠の命に至らせる水」を与える者であると表現されていました(四・一四)。同じことが、象徴を変えて表現されています。

 「人の子があなたがたに与える食べ物」の「与える」は未来形です。この未来形は、主語が「人の子」という終末的な形姿ですが、終末の時に起こることを指す未来形ではなく、現在に始まり未来に続く状況を示しています。すなわち、「これからずっと与え続けることになる」という意味です。

 食べて満腹できるパンを求めてイエスのもとに来た群衆に向かって、イエスは「朽ちる食べ物ではなく、いつまでもなくならないで永遠の命に至らせる食べ物のために励みなさい」と言われます。これは、ヨハネ福音書が世界の人々に向かって、追求の目標を変えなさい、人生の方向を変えなさいと呼びかけている言葉です。

 「励みなさい」と訳した原語は、「働く」という意味の動詞です。ここでは「食べ物」を目的語とする他動詞として用いられています。この形は、食べ物を獲得するために働くという意味にも用いられますが、この意味はこの福音書の文脈に整合しません。この福音書ではよいものはすべて賜物として与えられるものであって、人が働いて獲得するものではないからです(四・一四参照)。「食べ物を準備する」、「消化する」という意味もありますが、ここでは満腹させてくれるパンを求めてきた群衆の熱意に対する言葉であるので、(次節との整合性も考慮して)あえて「励む」と意訳します。

 ここで「永遠の命に至らせる食べ物」を与える復活者イエスが、「人の子」と呼ばれていることが注目されます。本来ユダヤ教黙示思想において、終わりの日に天から現れて世界を裁き、神の民を救う天的救済者を指す称号である「人の子」が、この福音書では、すでに地上に現れて働き、(十字架と復活によって)上げられて天に帰ったイエス・キリストを指す称号として用いられます。その「人の子」である復活者イエスこそ、「永遠の命に至らせる食べ物」であり、彼のもとに来るすべての人にその食べ物を与える方なのです。

 この福音書は、すでにここまでで三回、重要なキリスト論的宣言において「人の子」という称号を用いています。それぞれ本誌の次の箇所で詳しく取り扱っていますので、ここでは繰り返しを避け、参照箇所をあげるにとどめます。一・五一について二〇〇三年5号16頁「現臨する人の子」、三・一三〜一五について二〇〇四年2号12頁「天から降った人の子」と14頁「上げられる人の子」、五・二七について二〇〇四年4号22頁「人の子による裁き」を参照してください。

 もともと「人の子」という称号は、イエスの自称でした。すなわち、イエスが御自分を指すときに「人の子」という称号を用いられたので、イエスの言動を語り伝えるイエス伝承に深く組み込まれて、ユダヤ教黙示思想に疎遠な異邦人世界にも伝えられたのでした。そのイエスが、十字架上に処刑された後復活されたのは、イエスを世に送られた父である神が、イエスを終末的な審判者であり救済者である「人の子」と認められた出来事です。神によってそのような「人の子」と認証されたのだから、イエスこそ永遠の命に至らせる食べ物を与える方であると宣言されるのです。
 
 この「父である神が人の子を認められた」という表現は、パウロが引用している初期のキリスト告知の伝承形式である、「死者の中からの復活によって神の子と立てられた」(ローマ一・四)ことの別表現と言えます。
 
 そこで、彼らはイエスに言った、「神の業に励むためには、わたしたちは何をすればよいのでしょうか」。(二八節)
 
 「朽ちる食べ物ではなく、いつまでもなくならないで永遠の命に至らせる食べ物のために励みなさい」というイエスの語りかけに対して、群衆はこのように応答します。ここに用いられている「神のわざに励む」という時の動詞は前節と同じ「働く、わざをする」という意味の動詞です。ここでは「神のわざ」を目的語としているので、「神のわざをする」の意味になります。「神のわざ(複数形)をする」というのは、神が人間にするように求めておられる諸々のわざをすることを意味しています。著者がその意味で用いていることは、次節(二九節)の「神のわざ」の定義からも分かります。そのような諸々の「神のわざをする」ことを追い求める、または努力するという意味で、「神のわざに励む」と意訳しています。
 
 イエスは答えて彼らに言われた、「神が遣わされた者を信じること、これが神の業である」。(二九節)
 
 前節の複数形と違い、この節の「神のわざ」は単数形であることが重要です。「神のわざ(神が人に求めておられるわざ)」とは何かという問いに対して、この福音書はこの一事、イエスを神から遣わされた方と信じることだけであると答えるのです。
 
 「神が遣わされた者を信じる」という時の「〜を信じる」は、英語で表現すれば believe into him というような表現です。この into に相当する前置詞《エイス》を伴う「信じる」の用例は、ヨハネ福音書にきわめて多く、この福音書の特色の一つをなしています。この表現は、イエスを神の子キリストと信じて、この方に自分の存在を投げ込み委ねるというような意味合いを示しています。パウロが《エン・クリストー》(キリストにあって)と表現している現実(信じてキリストと結ばれて生きている現実)をヨハネはこのように表現するのです。信じる対象が「神が遣わされた者」とされるのも、この福音書の特色です。

天から降る本物のパン

 そこで彼らはイエスに言った、「では、わたしたちが見てあなたを信じるようになるために、どんなしるしを行ってくれるのですか。どんなわざをしてくれるのですか。わたしたちの先祖は荒れ野でマナを食べました。『彼は彼らに天からパンを与えて食べさせた』と書いてある通りです」。(三〇〜三一節)

 ここの「信じる」は二九節の「信じる」とは語法が異なり、前置詞《エイス》は用いられていません。「あなたの言うことを信じる」というほどの意味です。しるしを見て信じるのは、イエスの中に自分の全存在を投じて委ねきる信仰とは別です。
 
 終わりの日に現れるメシアはモーセにまさるしるしを行うと信じられていました。したがって、群衆はイエスに、マナ以上の食物を与えるというしるしを期待して、「どんなしるしを行ってくれるのですか。どんなわざをしてくれるのですか」と言うことになります。
 
 イスラエルの民がモーセに率いられてエジプトから脱出し、荒野を旅したとき、朝ごとにマナと呼ばれる不思議な食べ物を与えられて食べたことは、出エジプト記の一六章に詳しく物語られています。イスラエルの民はその体験を語り継ぎ、書き記してきました。その中の一つに、「彼は彼らに天からパンを与えて食べさせた」という句が、詩篇七八編二四節の一部にあります(引用文は七十人訳ギリシア語聖書から)。群衆はこの聖句を引用して、先祖が荒野でマナを与えられたことを指し、それ以上のしるしを要求するのです。
 
 すると、イエスは彼らに言われた、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。モーセがあなたたちに天からのパンを与えたのではない。わたしの父が天から本物のパンをあなたたちに与えてくださるのである。天から降ってきて、世に命を与える者こそが神のパンだからである」。(三二〜三三節)
 
 先の引用文の主語の「彼」は、詩篇の前後の文脈からすれば、神を指します。しかし著者は、群衆がその「彼」をモーセを指すと解釈して引用していると前提して、議論を進めます。あなたたちは聖書を引用して、モーセが天からのパンを与えたと言うが、そうではない。あなたたちに天からの「本物のパン」を与えてくださるのは、イエスを遣わされた父であると宣言します。この宣言が、アーメン句をもって荘重に行われるのです(三二節)。
 
 マナは「天から」の食物と言われますが、それは地表に対する上空を指すにすぎず、なお終わりの日に与えられる本物の糧の予表にすぎないのです。予型とかしるしに対して霊の「本体」(リアリティー)を指すのに、ヨハネ福音書は「真理」《アレーセイア》という語を用いますが、ここはその形容詞形が用いられており、人間に真実の命(永遠の命)を与えるパンを意味しています。イエスの父こそ、上空の天ではなく、神がいます次元である天から「本物のパン」を与える方です。このパンは、次節(三三節)では「神のパン」と呼ばれています。
 
 三三節は理由を示す小辞《ガル》で始まっています。三三節は、まことのパンを与えるのはモーセではなく「わたしの父」であるという前節の主張を理由づける文になっています。天から降ってきて世に命を与えるイエスこそが「神のパン」(神が与えてくださる本物のパン)であるからです。そのような「神のパン」を与えることができるのはモーセではなく、イエスを世に遣わされた父だけです。

 「天から降ってきて、世に命を与える者」は、男性単数形の分詞に定冠詞がついた形です。パンも男性名詞ですから、文法的にはパンを指すと理解することも可能ですが、内容からイエスを指すと理解して「者」と訳しています。用例から見ても、「降ってくる」《カタベーナイ》は、この福音書では物について用いられることはなく、いつも人について用いられています(六・四一、六・五一参照)。「与える」も、物よりも人を主語にする方が適切です。
 新共同訳をはじめほとんどの翻訳は、「神のパン」を主語とし、この句を補語と理解して訳しています。しかし、まことのパンを与えるのはモーセではなく「わたしの父」であるという前節の主張を理由づける文としては、この句を主語にする方が文意が明確になると考えます。もっとも、「神のパン」を主語にして、「神のパンとは、天から降ってきて、世に命を与える者だからである」と訳しても、意味は同じです。

 そこで彼らはイエスに向かって言った、「主よ、わたしたちにいつもそのパンを与えてください」。(三四節)
 
 イエスが霊の次元のことを語っておられるのに、それを聴いた者が自分の日常経験の範囲内でしか理解できず、イエスが用いられた象徴を物質的に理解して対話がすれ違いになることは、この福音書の対話の進め方の特色ですが、それがここにも出てきます。四章では、イエスが「わたしが与える水はその人の中で湧き出る水の泉となって、永遠の命に至らせるであろう」と言われたのに対して、サマリアの女は「主よ、わたしが渇くことのないように、また、わたしが水を汲みにここに来なくてもよいように、その水をわたしに与えてください」と言っています(四・一四〜一五)。同じことがここではパンについて起こっています。群衆は「(それを食べると)もはや飢えることがない」パンを与えていただくことを願っているのです。
 
 群衆はイエスに向かって「主よ」と呼びかけます。サマリアの女も同じように呼びかけていました。ここでの「主」《キュリオス》は復活者キリストを指す称号ではありません。彼らはついにイエスをそのような方と信じることはありませんでした(三六節)。ここでは偉大な宗教的指導者に対する尊称です。群衆はすでにイエスを「預言者」と考え(一四節)、「ラビ」と呼んでいます(二五節)。そのようなパンを求める群衆に、イエスは宣言されます。
 
 イエスは彼らに言われた、「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。(三五節)
 
 イエスは「わたしが命のパンである」と宣言されます。原文は《エゴー・エイミ》の後に補語として「命のパン」という句が置かれています。《エゴー・エイミ》は本来神の自己啓示の呼称であり、復活者イエスがその神的臨在を現されるときの定式ですが、ヨハネ福音書では地上のイエスがしばしばこの言葉を口にしておられます(四・二六の「わたしはある」についての講解を参照)。これも、地上のイエスを語る形で復活者イエス・キリストを告知するという福音書の二重性の結果です。
 
 著者ヨハネは、この《エゴー・エイミ》という句の後に補語として象徴語句(羊飼いとかぶどうの木など)を置いて、「わたしは〜である」というキリスト論的宣言文を多く用いています。ここの文の意味は私訳の通りですが、《エゴー・エイミ》の重要性を訳出するためには、「わたしはある、命のパンとして」と訳す方が正確かもしれません。ここで、《エゴー・エイミ》は命のパンとして現れるのです。復活者として臨在される霊のイエスこそが、「命のパン」、すなわち人に永遠の命を与える方であるという主張が、六章全体の主題です。
 
 パンは前に置いて見ているだけでは、命を養う糧にはなりません。取って食べなければなりません。そのように、復活者イエスを遠くから見ているだけでは、命にあずかることはできません。命のパンである復活者イエスのもとに来て、この方と結ばれ、一つになって生きるのでなければ、この方が与える命にあずかることはできません。この事態が、「わたしのもとに来る者」と「わたしを信じる者」という並行表現で語られます。
 
 「わたしのもとに来る」は、すでに五・四〇で用いられていました。「わたしを信じる」は、前置詞《エイス》を伴う表現で、自分を投げ込む行為です(二九節の講解を参照)。両方とも、自分を復活者イエスの中に投げ入れて委ね、この方と共に生きるという全存在的な生き方を指しています。これは、パウロの言う「エン・クリストー」に相当します。このように、復活者イエス・キリストに合わせられて生きる姿を、わたしは「キリスト信仰」と呼んでいます。
 
 このように、イエスを信じる者は「飢えることがなく、渇くことがない」と保証されます。パンについては「飢えることがない」だけが適切で、「渇くことがない」は余分になりますが、「わたしのもとに来る者、わたしを信じる者」の並行表現に対応するため、四章のサマリア人の女との対話との連想で「渇くことがない」が加えられたのでしょう。詩編以来、聖書では「飢える」と「渇く」が一対の表現として組み合わせて用いられていますので、この並行表現は聖書に親しんでいるユダヤ人にはごく自然なことです。

終わりの日の復活

 しかし、わたしがあなたたちに言ったように、あなたたちは見たのに信じようとしない。(三六節)  この命のパンに関する対話が始まるところで、イエスは群衆に「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ」と言っておられます(二六節)。このように、彼らはパンの出来事を「しるし」と受けとめてイエスを信じたのではないことを、イエスはすでに指摘しておられます。そのようなしるしを見ているのに、まだ「わたしたちが見てあなたを信じるようになるために、どんなしるしを行ってくれるのですか」(三〇節)と言うのは、イエスを信じていないからです。イエスを信じることこそ命のパンを得ることであるのに、イエスの数々の力ある業を見たユダヤ人民衆が信じようとしないことを、著者は嘆いています。

 「見たのに信じようとしない」という文で、「見た」の後に「わたしを」という目的語を入れた写本とそれがない写本があります。底本は「わたしを」を角括弧に入れています。六・二六でイエスは、しるしを見てイエスを信じたからではなく、食べて満腹したからイエスを捜しているのだと、彼らの不信仰を指摘しておられます。また、直前で群衆が「わたしたちが見てあなたを信じるようになるために、どんなしるしを行ってくれるのですか」と言っていることも考慮すると、著者はここで「しるしを見た」ことを念頭において「見たのに信じない」と表現を用いたと考えられます。したがって、「わたしを」という目的語は原本にはなくて、(四〇節の「子を見て信じる」に影響されてか)写本の過程で挿入されたものと考えられます。なお、四〇節の「見る」とここの「見る」は違う動詞であり、「子を見る」はイエスを復活者である神の子であると悟ることを指し、「信じる」と一体です。その意味では「イエスを(子として)見たのに信じない」は成り立ちません。

 父がわたしに与えてくださる人は皆、わたしのもとに来るであろう。そして、わたしのもとに来る者を、わたしは決して追い出さない。(三七節)
 
 イエスのもとに来ること、すなわちイエスを信じることは、人の側のはからいではなく、神が与えてくださる恵みの結果であるという信仰が、ここに表明されています。そのことは、多くの人(とくにユダヤ人)がイエスを信じないのは、神がその人たちをイエスに与えないからであって、人の計画や努力の彼方のことであることを意味しています。パウロがローマ書九〜一一章で展開した「恩恵の選び」による、絶対的な神の主権的支配の思想を、ヨハネはこのように表現しているのです。
 
 人がイエスのもとに来るのは父の恩恵の選びの結果ですが、イエスのもとに来た者を、その人の人間的価値を問題にして受け入れたり拒んだりすることは決してない、とイエスは断言されます。イエスは自分のもとに来る者を、誰をも裁かず受け入れてくださいます。取税人や遊女などを受け入れて食卓を共にされたという共観福音書が語るイエスの姿は、神の絶対恩恵の支配を具体的に示していますが、それをヨハネはこのように表現するのです。
 
 わたしが天から降ってきたのは、自分の意志を行うためではなく、わたしを遣わされた方の意志を行うためだからである。(三八節)
 
 この文は、前節の「わたしのもとに来る者を、わたしは決して追い出さない」と言われたことの理由を示しています。イエスのもとに来る者をイエスが決して拒まれないのは、その人をイエスのもとに来させたのは父であるからです。イエスは自分の意志で、その人を受け入れるか拒むかを決めようとはされません。父の意志によって自分のもとに来た者を、その人の資格を問題にしないで無条件に受け入れられます。

 三八節は理由を示す接続詞で始まり、三七節に従属する副文です。それを、新共同訳のように、三七節と切り離して独立の文として訳すと、この繋がりが切れて、文意が拡散してしまいます。

 この福音書では、イエスはいつも「天から降ってきた」方として描かれています。すなわち、地上の人間世界(この世)と対立し、断絶した別次元の領域(天)から降ってきた者として描かれています。これは「遣わされた者」と同じことを指しています。そして、「天から降ってきた」目的が、「自分の意志を行うためではなく、わたしを遣わされた方の意志を行うため」と厳密に規定されます。
 
 イエスが自分の意志ではなく父の意志に従われたことは、共観福音書も伝えていますが(マルコ一四・三六、マタイ六・一〇)、ヨハネ福音書はそれをイエスの言葉として直接的に表現します。共観福音書ではイエスは父の意志に御自分を引き渡すという受動的な面が強く出ていますが、ヨハネ福音書ではイエスがそれを行うという能動的な面が出てきます。
 
 その上で、イエスが行われる「遣わされた方の意志」の内容が、続く三九節と四〇節で詳しく展開されます。もともと三八節は、イエスが自分のもとに来る者を拒まれない理由を示していますが、父の意志に従って受け入れた者をどうされるのか、彼らに対してイエスが将来行われることになる父の意志が詳しく語られることになります。
 
 わたしを遣わされた方の意志は、彼がわたしに与えてくださったものすべてを、わたしが彼から去らせることなく、終わりの日に復活させることである。 (三九節)
 
 ここで、イエスが行おうとされる「遣わされた方の意志」は、「彼がわたしに与えてくださったものすべてを、・・・・終わりの日に復活させることである」という重大な宣言がなされます。

 遣わされた方の意志の内容を示す文を直訳すると、「彼がわたしに与えてくださったものすべて(中性単数形)を、わたしが彼(または「それ」)から去らせることなく、わたしがそれを終わりの日に復活させることである」となります。二つの動詞「去らせる」と「復活させる」の主語は「わたし」、すなわちイエスです。問題は目的語が中性単数形の代名詞で出てくることです。先の三七節との並行関係および次の四〇節との並行関係からすると、目的語は父がイエスに与えられた人々を指すと見なければならないので、この中性単数形はそのような人々を集合態で指していると理解せざるをえません。なお、「与えた」という動詞は現在完了形です。三七節では原理の問題として現在形で用いられていましたが、ここでは現にキリストに属する者について語るので現在完了形になっています。
 「わたしが彼から去らせることなく」の文で、「〜から」という前置詞の後の所有格代名詞を男性形と見て「彼から」、すなわち「父から」と理解するか、あるいは、中性形と見て「それから」と理解するか、文法的には両方とも可能です。動詞が「去らせる」という意味である(「失う」ではない)ので、ここでは「彼から」と理解します。「彼から去らせる」というのは、父から離れ去ることを意味します。

 「終わりの日に復活させる」と言う表現は六章に集中して四回出てきます(三九、四〇、四四、五四節)。神は終わりの日にご自身に属する民を死人の中から復活させて救いを完成されるという信仰は、イエス・キリストの復活の宣教に含まれるものとして、初期の福音宣教に共通の内容でしたが(コリントI一五章、とくに一一節参照)、ヨハネ福音書ではこの四箇所以外には出てきません。むしろ、ヨハネ福音書は、ユダヤ教黙示思想で終末時における命という意味で用いられている「永遠の命」が現在すでに与えられていることを強調しています。さらに、一一章(とくに二五節)では、現在信じる者と共にいてくださる霊なるイエスが復活に他ならないと、復活も現在化されています。
 
 このようなヨハネ福音書の特質から、終末時の死者の復活を説くこれらの四箇所は、原著にはなく、後の編集者による挿入であると見る研究者がかなりあります。しかし、この句を欠く古写本はなく、現在の形で正典に取り入れられていることが重要です。これを後の編集として、本文から取り除くことは許されません。
 
 わたしの父の意志は、子を見て信じる者が皆、永遠の命を持ち、わたしがその人を終わりの日に復活させることである。(四〇節)
 
 「子を見て信じる者」とありますが、「子を見る」はイエスを復活者である神の子であると悟ることを指し、「信じる」と一体です。ここの「信じる」は「〜の中へ」《エイス》を伴う動詞です(二九節の講解を参照)。
 
 「子を見て信じる者」、すなわちイエスを復活者である神の子であるとして、その方に自分の全存在を投げ入れ、その方と合わせられている者は、現在すでに永遠の命を持っているのです。「持っている」という動詞は現在形です。この福音書は、イエスを信じる者はすでに永遠の命に生きているのだという事実を強調してやみません。これは、この福音書の中心的な使信です。
 
 ところが、ここでは同時に「わたしがその人を終わりの日に復活させる」と、将来の死者の復活が語られます。信じる者はすでに永遠の命を持っていますが、それは終わりの日の復活によって完成するという希望と対立したり、矛盾したりするものではありません。ヨハネ福音書は、現在に重点を置きながら、福音宣教の主流が告知している終末時の死者の復活の信仰を受け入れています。ただ、そのさい「復活させる」の主語がいつも「わたし」、すなわちイエスであることが、この福音書の特色です。他ではいつも「神が死者を起こす(復活させる)」です。ヨハネ福音書は、復活者イエスこそ死者を復活させる方であると告知するのです(この問題は一一章で詳しく取り扱われることになります)。

 ヨハネ福音書の中心使信である現在の永遠の命と、初期の福音宣教共通の信仰である終末時の死者の復活とがどのように関わるのかは、この福音書の理解にとって、また、福音そのものの理解にとって重要な問題を提起していますが、この「終わりの日の復活」の宣言は、次の段落(四一〜五九節)にも出てきますので、紙面の関係もあり、次回に取り上げることにします。



  18 命のパンをめぐるユダヤ人との対話(6章 41〜59節)

 41 すると、ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降ってきたパンである」と言われたので、イエスのことでつぶやき始め、 42 こう言った、「これはヨセフの息子イエスではないか。わたしたちは父親も母親も知っている。どうして今さら『わたしは天から降ってきた』などと言うのか」。 43 イエスは答えて彼らに言われた、「互いにつぶやくのは止めなさい。 44 わたしを遣わされた父が引き寄せてくださるのでなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない。わたしはその人を終わりの日に復活させる。 45 預言者の書に、『かれらはみな神に教えられる者になるであろう』と書かれている。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る。 46 神のそばにいる方以外に、父を見た者はない。その方だけが父を見たのである」。
 47 「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。信じる者は永遠の命をもっている。 48 わたしが命のパンである。 49 あなたたちの先祖は荒れ野でマナを食べたが、死んだ。 50 これは天から降ってきたパンであり、それを食べる者は死ぬことはない。 51 わたしは、天から降ってきた生けるパンである。人がこのパンを食べるならば、永遠に生きるようになる。そして、わたしが与えることになるパンとは、世の命のためのわたしの肉である」。
 52 するとユダヤ人たちは互いに激しく議論し始めて言った、「この男はどうして自分の肉をわれわれに与えて食べさせることができるのか」。 53 そこでイエスは彼らに言われた、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。あなたたちは、人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、自分たちの中に命はない。 54 わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち、わたしはその人を終わりの日に復活させる。 55 わたしの肉こそまことの食べ物であり、わたしの血こそまことの飲み物だからである。 56 わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者は、わたしの中にとどまり、わたしもその人の中にとどまる。 57 生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを噛みしめる者はわたしによって生きるようになる。 58 これは天から降ってきたパンであり、先祖たちが食べたが死んでしまったようなものではない。このパンを噛みしめる者は、永遠に生きるようになる」。
 59 これらのことは、イエスがカファルナウムの会堂で教えて語られたものである。  

「ユダヤ人」の批判

 ここまで、パンについてイエスと対話する人たちは「群衆」と呼ばれてきましたが、ここから「ユダヤ人たち」と呼ばれるようになります(四一節)。パンについての対話は、海辺で「群衆」との間に始まりましたが(六・二五)、いつの間にか「ユダヤ人」との対話となり、それが会堂で行われたという記述になって終わります(六・五九)。ここまでの群衆はパンを求める人たちとして描かれていましたが、ここから登場する「ユダヤ人」はイエスを批判する人たちとして描かれます(四一節と五二節)。
 
 このように対話の相手の呼び方が変わったことに示されているように、六章の「いのちのパン」についての対話編は、その前半(二二〜四〇節)と後半(四一〜五九節)では、性格が少し違ってきています。前半では、一般の民衆に対して、すなわち世界に向かって、永遠の命を与える「いのちのパン」であるイエスを信じるようにという呼びかけが前面に出ていますが、後半では、イエスが「天から降ってきた」パンであるという主張に対するユダヤ教会堂からの激しい批判に対して反論するという面が強く出てきます。
 
 すると、ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降ってきたパンである」と言われたので、イエスのことでつぶやき始め、こう言った、「これはヨセフの息子イエスではないか。わたしたちは父親も母親も知っている。どうして今さら『わたしは天から降ってきた』などと言うのか」。(四一〜四二節)
 
 前半の「群衆」もみなユダヤ人ですが、そこでは「いのちのパン」を必要とする人間としての視点から見られていたので、「群衆」と呼ばれていました。しかし後半では、イエスを「天から降ってきた」方であるとする告知に激しく反対し、そのように告白するヨハネ共同体を弾圧するユダヤ教会堂と、その会堂に代表されるユダヤ教徒という視点から見て、「ユダヤ人」と呼ばれます。ヨハネ福音書においては、「ユダヤ人」はいつもイエスに敵対し、イエスを信じる者を迫害する勢力です。
 
 この「ユダヤ人」たちは、イエスが「わたしは天から降ってきたパンである」と言われたので「つぶやき」始めます。この「つぶやく」は、出エジプト記や民数記で、民が荒野で不平を言ったことを描くのに度々用いられた動詞と同じです。荒野で民は、天から下ったマナの他に肉や野菜がないことに対して不平を言いました(民数記一一・四〜六)。ここでは、自分たちと同じ一人の人間であるイエスが「わたしは天から降ってきた」者であると言われることに対してつぶやきます。
 
 彼らは「これはヨセフの息子イエスではないか。わたしたちは父親も母親も知っている」と言います。福音はイエスを復活された方として告知し、この福音書は地上のイエスを、復活して神のもとにおられる方が「天から降ってきた」者として描いています。それに対して、父親も母親もよく知っている身近なユダヤ人たちは、あくまでその親から生まれた地上の人間としてのイエスしか見えず、イエスが復活されたことを信じないので、イエスが「天から降ってきた」方であることを信じることができず、「つまずく」のです。マルコ福音書(六・三)にも、同じようにユダヤ人がイエスに「つまずいた」記事があります。
 
 イエスの出自をよく知っている身近なユダヤ人たちは、「どうして今さら『わたしは天から降ってきた』などと言うのか」と迫ります。それに対してイエスは、実はヨハネ共同体は、こう答えます。
 
  イエスは答えて彼らに言われた、「互いにつぶやくのは止めなさい。わたしを遣わされた父が引き寄せてくださるのでなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない。わたしはその人を終わりの日に復活させる。(四三〜四四節)

 「互いに」つぶやくのを止めよと言われています。「互いに」というのは、ユダヤ人の間に対立するグループがあって、互いに相手を非難し合っている状況が前提されています。その対立するグループとは、復活者イエスを信じ、地上の人間イエスを「天から降ってきた方」であると告白するヨハネ共同体のユダヤ人と、イエスが復活されたという告知を信ぜず、地上の人間イエスが神と等しい子であるとする告白を涜神として断罪するユダヤ教会堂勢力です。
 
 この対立についてこの福音書は、「互いにつぶやくのは止めよ」と、どちらのグループが正しいかと議論するようなことは止めるようにと呼びかけます。復活者イエスに属する者になるのか、またはイエスに敵対する者になるのかは、ただ神の選びによるのであって、人間の議論から結論を出すことができるような問題ではないとするのです。それは一人ひとりの問題であって、帰属する集団の問題ではありません(この文で「その人」を指す代名詞はみな単数形です)。しかも、一人ひとりの判断とか決断の問題でもなく、もっぱら神の恩恵の選びによって決まります。「父が引き寄せてくださるのでなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない」のです。
 
 この選びの信仰は、使徒パウロがユダヤ人の間に信じる者と信じない者がある(実際には信じる者は少数で、ユダヤ人全体としては信じていない)という事実を説明するのに、神の選びを根拠にして論じたローマ書九章と同じです。パウロは、「こうして、神は御自身が欲する者を憐れみ、欲する者を頑なにされるのです」と言っています(ローマ九・一八私訳)。
 
 イエスを遣わされた父(の選びと働き)によってイエスのもとに来て、イエスに属するようになった者は、イエスが終わりの日に復活させてくださると、この福音書は断言します。この福音書のイエス、すなわち復活者イエスは、すでにこの六章の「いのちのパン」の対話の前半において、繰り返しこのことを「父の意志」として宣言しておられました。
 
 「わたしを遣わされた方の意志は、彼がわたしに与えてくださったものすべてを、わたしが彼から去らせることなく、終わりの日に復活させることである」。(三九節)
 
 「わたしの父の意志は、子を見て信じる者が皆、永遠の命を持ち、わたしがその人を終わりの日に復活させることである」。(四〇節)
 
 イエスに属する者は父が引き寄せてくださった者であることが語られた機会に、改めてイエスが御自身に属する者を終わりの日に復活させてくださることが宣言されます。

 信じる者は現在すでに永遠の命を持っているという使信がヨハネ福音書の特色です。共観福音書やパウロ書簡に見られる終わりの日における死者の復活の約束は、ヨハネ福音書ではこの六章に集中して四回出てくるだけで、他にはありません。それで、この約束は後の編集者による挿入であると見られています。たしかにこの箇所では、四五節の預言書の引用は、「わたしを遣わされた父が引き寄せてくださるのでなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない」ということの根拠づけであって、その文に自然に接続します。終わりの日の復活の約束は、やや不自然に割り込んできています。しかし、そうだからと言って、この文をテキストから取り除くことは許されません。編集過程の探求としては意味がありますが、この福音書の使信の内容を受け取るさいには、現在あるままの形で読まなければなりません。この問題は、もう六章の講解のまとめとして最後に取り扱うことにします。

 預言者の書に、『かれらはみな神に教えられる者になるであろう』と書かれている。父から聞いて学んだ者は皆、わたしのもとに来る。(四五節)

 「かれらはみな神に教えられる者になるであろう」という預言書の言葉は、正確に一致する句は(七十人訳ギリシャ語聖書には)ありません。イザヤ書五四・一三に、これに近い表現があります。イザヤ書のこの箇所は七十人訳ギリシア語聖書では、「あなたの子らはみな神に教えられた者となり」となっています。また、「新しい契約」を預言したエレミヤ(三一・三三)は、「わたしは、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す」と言っています。著者は、前節の「父が引き寄せてくださる」ということを聖書で根拠づけるために、記憶から引用してこのように書いたと見られます。
 
 「神に教えられた者」、すなわち「父から聞いて学んだ者」は、復活者イエスに輝く神の栄光を見ます(コリントU四・六)。御霊の導きを受けている者は、御霊によって(それはわたしたちの内における父の働きです)復活者イエスに現れている「神の恩恵の事態」を理解します(コリントT二・一二)。このように「父から聞いて学んだ者」は、復活者イエスのもとに来ないではおれません。
 
 神のそばにいる方以外に、父を見た者はない。その方だけが父を見たのである。(四六節)
 
 ここで但し書きがつきます。「父から聞いて学んだ者」と言っても、人間は直接父のそばに座し、父を見てその声を聞くことはできません。それができるのは「神のそばにいる方」だけです。その方だけが父を見て、わたしたちに教えてくださるのです。
 
 このことはすでに序詩で謳われていました(一・一八)。「世に来る」とか「天から降る」前に、神と共にいました先在の「ひとり子」だけが、神を見ておられたのです。その「ひとり子」が世に来て、神の奥義を「解き明かされた」のです。わたしたちはこの方に教えられてはじめて、父を知るのです。
 
 ここでの論理は循環しています。父から聞いて教えられた者だけが復活者イエスのもとに来ることができると宣言した直後に、父から教えられるのは復活者イエスによらなければならないと付け加えられています。この循環の外にいる者が、この循環の中に入るにはどうすればよいのでしょうか。そこには論理的な入口はありません。身を躍らせて飛び込む飛躍しかありません。復活者イエスの中へ自分の全存在を投げ込むのです。それが信仰です。

永遠の命

 アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。信じる者は永遠の命をもっている。(四七節)
 
 ここでヨハネ共同体は改めて、アーメンを繰り返す荘重な形で、復活者イエスの言葉を世に告知します。それは、論争相手のユダヤ教会堂に対するヨハネ共同体の宣言です。「信じる者は永遠の命をもっている」という告知は、ヨハネ福音書の中心に位置する告知です。「もっている」は現在形です。信じる者は現在すでに「永遠の命」を持ち、その命に生きているという告知が、この福音書の最大の特色です。
 
 ユダヤ教では「永遠の命」は将来のことでした。来るべき神の国に入り、そこで生きる命が「永遠の命」でした。その時に永遠の命を「受け継ぐ」には今どうすればよいかが、敬虔なユダヤ教徒にとって最大の真剣な問いでした(マルコ一〇・一七参照)。
 
 ユダヤ教では、終わりの日に永遠の命を受け継ぐのは、この世で神の律法を順守する者であるという原理は自明のことでした。それに対してイエスは、義とされて神の国を受け継ぐ者、すなわち永遠の命を受け継ぐ者は、律法を順守したことを根拠にする者ではなく、律法順守の点では落第とされ「罪人」とされるが、父の無条件の恩恵を砕けた心で受け入れる「貧しい者」であるとされました。これはユダヤ教の原理を覆す宣言ですから、イエスはユダヤ教を代表する最高法院から死刑の判決を受けることになります。
 
 パウロも、義とされ救いにあずかるのは、ユダヤ教律法の順守は条件ではなく、ただ復活者イエス・キリストを信じて受け入れ、復活者キリストと共に生きるキリスト信仰によるという福音を、異邦人に宣べ伝えました。その中で、救いの根拠を律法の順守ではなく信仰であるとしただけでなく、その救いは将来のことだけではなく、キリストにあって賜る聖霊により現在すでに体験しているという面を強調しました。
 
 ヨハネ福音書は、この救いの現在性を中心の使信として、「信じる者は永遠の命をもっている」と宣言します。ヨハネ福音書においては、「永遠の命」はもはや将来神の国が到来するときに与えられる命ではなく、今現在信じる者が生きる命となります。この現在性を中心に据えるために、どうしても将来のこと、終末の事態と受け取られやすい(黙示思想でよく用いられる用語である)「神の支配」とか「神の国」という表現は避けられて、「いのち」という用語が中心に来ることになります。
 
 ヨハネ福音書は、生まれながらの人間が自然に生きている「いのち《ビオス》」とは別の、「上から」与えられる新しい種類の命を「永遠の命《ゾーエー》」と呼び、その命をこの世に告知するために書かれた福音書です。「永遠の命」の「永遠の」は、いつまでも続いて無くならないという時間的な意味ではなく、また(ユダヤ教のように)将来の永遠の世界(来世)で与えられる命という意味でもなく、人間が現在生きる命のことですが、それが生まれながらの自然のいのち《ビオス》とは別の種類の命であることを示しています。その命を指すときには、この福音書はいつも《ゾーエー》という語を用います。「永遠の」をつけて「永遠の《ゾーエー》」と言うときも多くありますが、「永遠の」をつけないで《ゾーエー》だけでこの別種の命を指すこともさらに多くあります。
 
 こうして、ヨハネ福音書は「永遠の命」を巡る対話編であり、「いのちの書」という性格の福音書になっています。すでに三章の「ニコデモとの対話」において、この《ゾーエー》がどのようにして生まれるのかが語られていました。この六章では、このいのち《ゾーエー》を養う糧「いのちのパン」を主題として、この《ゾーエー》の質がさらに詳しく展開されることになります。

信じる者

 この福音書が世界に告知する福音は、律法を行う者、修行を積む者、悟りを開いた者などではなく、「信じる者」が永遠の命を得るということです。他に何の条件もありません。もちろん、この福音書が「信じる者」というとき、それは「イエスを信じる者」を指しています。この福音書のイエスは「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」(六・三五)と言っておられます。この「わたしを信じる者」が、「わたしを」が当然のこととして省略され、「信じる者」と言われます。これは、パウロが「キリストの信仰」をただ「信仰」と呼ぶことが多いのと同じです。
 
 ところで、この福音書が「わたしを信じる」とか「神が遣わされた者を信じる」と言う時の「を信じる」は、英語のintoに相当する前置詞《エイス》を伴っています。英語で表現すれば believe into him というような表現です。この表現は、イエスを神の子キリストと信じて、この方に自分の存在を投げ込み委ねるというような意味合いを示しています。パウロが《エン・クリストー》(キリストにあって)と表現している現実(信じてキリストと結ばれて生きている現実)をヨハネはこのように表現するのです(六・二九の講解を参照)。
 
 「信じる者」がこのような内容であることが分かると、この福音書が言う「信じる者は永遠の命をもっている」という告知は、パウロが告知する「信仰によって義とされる」という福音と同じであることが分かります。パウロはなお「義とされる」というようなユダヤ教の背景が強い用語を用いていますが、ヨハネは「命を得る」という一般の異邦世界の人々に親しみ深い表現で語ります。

食べると死ぬことがない生けるパン

 わたしが命のパンである。(四八節)
 
 イエスはすでに、パンを求める群衆に「わたしが命のパンである」と宣言しておられます(六・三五、その意義についてはその節の講解を参照)。ここで改めて、そのパンがどのような性質のパンであるかが、マナと比べて語り出されます。あなたたちユダヤ人は先祖が荒野で天から下ってきたマナを食べたことを誇りとして語り伝えているが、マナではなく「わたしが」命のパンである、すなわち復活者イエスこそ命のパンであると宣言され、続いてマナとの違いが明らかにされます。
 
 あなたたちの先祖は荒れ野でマナを食べたが、死んだ。(四九節)
 
 モーセの書に記されているように、ユダヤ人の先祖たち、すなわちモーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民は、天から下った不思議な食べ物「マナ」を食べて、荒野の四十年を生き延びました。しかし、その食べ物「マナ」は生まれながらの自然の命《ビオス》を養う食べ物であって、いくら奇跡的な食べ物で養われても、その自然の命は結局は死ななければなりません。事実、マナを食べたイスラエルの民は荒野で死に絶えました。それに対して、このパンを食べる者は死ぬことはないと宣言されます。
 
 これは天から降ってきたパンであり、それを食べる者は死ぬことはない。(五〇節)
 
 「これ」は、「わたしが命のパンである」と宣言される「わたし」、すなわち復活者イエスを指します。この方こそ「天から降ってきたパン」であり、このパンを食べる者は「死ぬことはない」のです。それは、このパンを食べる者とは復活者イエスの中に自分を投げ込み、復活者イエスと共に生きる者であるからです。復活者イエスと共に生きる命、上から賜った御霊の命《ゾーエー》には死はありません。復活者イエスはすでに死に打ち勝っておられ、永遠に生きておられるからです。この命は死なない命ですから、「永遠の命」と呼ばれます。人間が生まれながらに生きている自然の命《ビオス》は死にますが、キリストにあって御霊により賜る上からの命《ゾーエー》は死にません。そしてさらに、「死なない」ことが、続いて「永遠に生きる」という表現で繰り返されます。
 
 わたしは、天から降ってきた生けるパンである。人がこのパンを食べるならば、永遠に生きるようになる。(五一節前半)
 
 「生けるパン」は、パン自身が生きていることを意味しています。イエスは復活者として永遠に生きておられ、そのような方として、ご自身に結びつく者に永遠の命をお与えになるのです。「このパンを食べる」者は、永遠に生きておられる復活者イエスと結び合わされ、復活者イエスと共に生きるのですから、「永遠に生きるようになる」のです。
 
 こうして、前段でイエスがなされた「わたしが命のパンである」という宣言(三五節)が引き起こしたユダヤ人からの抗議と非難(四一〜四二節)に対して、ヨハネ共同体は改めて復活者イエスこそ永遠の命であることを告白し、反論します(四三〜五一節)。
 
 その反論の最後に加えられた言葉(五一節後半)が、ユダヤ人の間にさらに激しい議論や批判を引き起こし、その批判に対してヨハネ共同体が行う反論が、「いのちのパン」に関する対話の最後のまとまり(五二〜五八節)を形成します。

人の子の肉を食べる

 そして、わたしが与えることになるパンとは、世の命のためのわたしの肉である。(五一節後半)
 
 最後に、イエスが「いのちのパン」として世にいのちを与えるのは、どのようにしてなされるのかが語り出されます。それは「わたしの肉」を与えることによってなされるのです。そして、この「わたしの肉」を与えることによって命《ゾーエー》を与えるという宣言が、ユダヤ人の間にさらに激しい議論と批判を引き起こします。
 
 するとユダヤ人たちは互いに激しく議論し始めて言った、「この男はどうして自分の肉をわれわれに与えて食べさせることができるのか」。(五二節)
 
 イエスが「わたしが与えることになるパン」と言われたときの動詞「与える」は未来形です。これは、この対話の時から見て将来に起こる十字架の出来事を指しています。「わたしが与えることになるパンとは、わたしの肉である」とは、十字架にイエスがその身体を引き渡して(献げて)苦しみをお受けになることを指しています。その十字架の出来事こそ、「世に命を与えるために」イエスが引き受けられた苦しみであり、それによってイエスは世に命《ゾーエー》をお与えになるのです。

 この福音書の他の箇所ではあまり用いられない「肉」という語と、「噛む」という特別な動詞(五四節の注を参照)を用いたこの箇所(五一節後半〜五八節)は、他の箇所の「肉」の用例と整合しないこともあって(一・一三、三・六、六・六三、八・一五と比較せよ)、後の編集者による挿入であると、多くの研究者が見ています。その場合編集者は、最後の晩餐でイエスがパンを渡して、「これはわたしの体である」と言われたことを念頭に置いて、六章の命のパンについての対話を聖餐に結びつけようとしたと見られています。この箇所(五一節後半〜五八節)はヨハネ共同体の聖餐儀礼の用語が強く反映していると見られます。なお、そこで体《ソーマ》ではなく、肉《サルクス》が用いられているのは、より原初的な伝承を用いているからであると考えられます。イエスが用いられたアラム語《ビスラ》またはヘブライ語《バーサール》は、肉と(生きた)体の両方を意味します。七十人訳ギリシャ語聖書はこれを《サルクス》(肉)と訳しています。それがヘレニズム世界での伝承の過程で、より広範な意味を担いうる《ソーマ》(体)に移り、パウロや共観福音書ではもっぱら《ソーマ》(体)が用いられるようになります。その移行には「霊と肉」の対立という神学的な思想が影響した可能性も考えられます(六・六三参照)。聖餐のパンをキリストの「肉」《サルクス》と呼ぶ古い伝承は、アンティオキアのイグナティオス書簡(107年)にも見られます。

 ユダヤ人は「十字架の言葉」につまずくのです。すなわち、ナザレ人イエスの十字架上の死は、復活者キリストがわたしたちの罪のために死なれた死であって、そのキリストの死によってわたしたちは「あがない」を得て救われるのである、という福音の告知に反発します。彼らはイエスが復活者キリストであると信じないので、一人の人間の死が永遠の命を与える出来事となることはあり得ないとして、この福音を拒否するのです。
 
 先にユダヤ人は、イエスが「天から降った方」であるという主張につまずきました(四一〜四二節)。これはイエス復活の告知に対する反発です。ヨハネ共同体はイエスを復活された方として告知するので、地上のイエスは「天から降った方」として描かれることになります。それに対してユダヤ人はイエス復活の告知を信じないので、イエスをその両親をよく知っている一人の地上の人間としてしか見られないのです。
 
 ここ(五一〜五二節)では、ユダヤ人はイエスの十字架についての福音の告知に反発します。そして、この二つの反発は、実は一つのことです。根っこは一つで、それはイエスを復活者キリストとして受け入れない不信仰です。イエスの復活を信じないとき、イエスが「天から降った方」、すなわち神と共にいました方の受肉であるという主張はとうてい受け入れることはできません。また、復活を否定して、イエスを地上の一人の人間であるとする以上、その方の十字架の刑死をすべての人の救済の出来事であるという告知は受け入れることができないのは当然です。
 
 このユダヤ人の不信仰に対して、ヨハネ共同体は自分たちの信仰告白を、荘重なアーメン句を用いたイエスの言葉の形で突きつけます。以下は、説得のための議論ではなく、ヨハネ共同体の体験の証言であり、真理の宣言です。
 
 そこでイエスは彼らに言われた、「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う。あなたたちは、人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、自分たちの中に命はない」。(五三節)
 
 同じことが「わたしの肉、わたしの血」と言われている次の五四節との並行関係から、ここの「人の子」はイエスご自身を指していることは明らかです。「人の子」とは本来終末的・超越的な審判者・救済者を指しますが、ヨハネ福音書はイエスを「天から降った」すなわち「受肉した」復活者であるとし、イエスを地上に下った「人の子」とします(一・五一、三・一三〜一五、五・二七〜二八など)。したがって、「人の子の肉」、「わたしの肉」は人間イエスの身体的・物質的な肉ではなく、復活者にして受肉者であるイエスの全存在を指すことになります(六・二七、六・六二)。
 
 「人の子の肉を食べなければ、命はない」という言葉だけで十分衝撃的ですが、さらに「その血を飲まなければ、命はない」とショッキングな言葉が続きます。「その血を飲む」という言葉は、「肉を食べる」と一対となって、復活者にして受肉者であるイエスの全存在を自分の中に受け入れることを指しています。
 
 パンについての対話の中に突然「血を飲む」ことが入ってくるのは、この箇所がパンとぶどう酒が一対となって構成される聖餐儀礼を念頭において語られているからであると考えられます。しかし、「血を飲む」ことは律法によって堅く禁じられていること(レビ記一七・一〇以下)であるので、この表現はユダヤ人には強烈なショックを与えることになります。
 
 ここまでは、「わたしは、天から降ってきた生けるパンである。人がこのパンを食べるならば、永遠に生きるようになる」(五一節前半)と言われてきました。この「パンを食べる」ということが、ここで「肉を食べ、血を飲む」という形に言い直されていることになります。これは、イエスを「天から降ってきた方」と信じることは、十字架の上に肉を裂き血を流して死なれたイエスを受け入れ、その方と一体になることであると言っているのです。「肉を食べ、血を飲む」とは、十字架されたキリスト・イエスを全存在をもって受け入れ、その方と合わせられることです。
 
 イエスは十字架の死に引き渡される日の前夜、弟子たちと最後の食事をされたとき、パンを取って祝福し、裂いて弟子たちに渡し、「これはわたしの体である」と言われました。また、杯を祝福し、弟子たちに回して、「これはわたしの血である」と言われました(マルコ一四・二二〜二五)。ヨハネ共同体もこの「最後の晩餐」の伝承は受け継いでいるはずです。ヨハネ福音書は、この「最後の晩餐」の伝承を、このようにイエスの「肉を食べ、血を飲む」者が命《ゾーエー》を得るという形で、福音の告知とするのです。

 ヨハネ共同体が「最後の晩餐」の伝承に従って「主の食卓」(聖餐儀礼)を行っていたかどうかの問題、また、この箇所をはじめサクラメント(聖礼典)に関係すると見られている箇所の意義については、後でまとめて「ヨハネ福音書とサクラメント」の項で取り扱います。

 十字架された復活者キリストに自分の全存在を投げ入れ、その方の十字架の死に合わせられて自分が死に、復活者と共に新しい自分が生き始めるのでなければ、「永遠の命」はない。その他には「永遠の命」に至るいかなる道もない。どのような難行苦行も、ユダヤ教律法の厳しい順守も、どのような宗教的・道徳的価値も、人間に「命」《ゾーエー》を与えることはできない。命《ゾーエー》を与えるのは、十字架につけられた復活者イエス・キリストだけである。これが、ヨハネ福音書が世に向かって、とくにユダヤ教会堂に向かってする宣言です。そして、この告白・宣言が、少しずつ表現を変えて繰り返されます。
 
 わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち、わたしはその人を終わりの日に復活させる。(五四節)
 
 前節で「人の子の肉を食べ、その血を飲む」と言われたことが、ここで「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む」と、少しだけ違った形で表現されます。前節の「人の子」がここでは「わたし」になっていて、「人の子」がイエスの自称であることが確認されます。また、「肉を食べる」が「肉を噛みしめる」というこの福音書独自の表現で語られます。

 「噛みしめ」と訳した動詞は、普通「食べる」と訳されていますが、ここの動詞は五三節までの「食べる」とは違う動詞が用いられており、原意は「咬む、、かじる、噛む」です。この動詞はマタイ二四・三八に出てくる以外は、ヨハネ福音書だけで用いられています(5回)。ヨハネ一三・一八では、裏切るユダについて、イエスの仲間であることを示すのに、「わたしのパンをかじる者」という形で用いられています。他の4回はみなこの段落(六・五四〜五八)に集中しています。「肉」という表現に合わせて、「かじる、噛む」という動詞が用いられたのでしょう。

 しかしこの節は、否定の形で語られていた前節を肯定の形で言い直しただけの繰り返しではなく、人の子の肉を食べその血を飲む者は現在すでに永遠の命を持つという宣言に、「わたしはその人を終わりの日に復活させる」という重要な約束が加えられています。「復活させる」という動詞は未来形です。復活者イエスは、終わりの日に御自分に属する者を復活させてくださるという約束は、すでにこの六章で三回語られていました(三九節、四〇節、四四節)。信じる者は現在すでに永遠の命を持っているという使信を中心に据えているヨハネ福音書に、このような終わりの日の復活の約束が(この六章だけに)加えられていることは、この福音書の理解にとって重要な問題を投げかけているだけでなく、キリストの福音の理解そのものにとっても重要な意義をもっています。この問題は六章の終わりに、この章のまとめとして別に取り上げます(「補論―永遠の命と死者の復活」参照)。
 
 わたしの肉こそまことの食べ物であり、わたしの血こそまことの飲み物だからである。(五五節)
 
 先に、モーセが天から与えたとされるマナではなく、天から降ってきた方(人の子)であるイエスこそ「本物のパン」であることが宣言されていました(三二〜三三節)。そして、その「本物のパン」を食べるとは、イエスを信じること、すなわち、復活者イエスに自分を投げ込むことであると語られていました(三五節)。この段落(五二〜五八節)では、「パンを食べる」ことが「肉を噛みしめ、血を飲む」と言い直されていますが、これはたんに表現を変えただけではなく、ここに見たように、「十字架につけられた」復活者キリストを信じることが永遠の命、まことの命《ゾーエー》であることを主張しているのです。
 
 「わたしの肉、わたしの血」で指し示されている「十字架につけられたキリスト」こそ、それを食べる者(信じる者)に永遠の命を与える「まことの食べ物、まことの飲物」なのです。ここで用いられている「まことの」は、著者特愛の「真理」《アレーセイア》という語の形容詞形で、象徴や影に対して本体であることを指しています。マナを食べたという不思議な体験も、それにあずかる者に命を与えるとされる諸々の宗教的祭儀も、それを行えば命に至るとされる戒律も、すべて本物を指し示す象徴であり、本体を予告する影にすぎません。「十字架につけられたキリスト」こそ、それを信じる者、その中に自分を投げ入れる者に現実に永遠の命を与える霊的リアリティー、本体なのです。

 三二節では《アレーシノス》という形容詞、五五節では《アレーセース》という形容詞が用いられています。両方とも《アレーセイア》(真理)の形容詞形です。辞書によりますと、前者《アレーシノス》は「まがいものや不完全なものではなく本物である」という意味、後者《アレーセース》は「事実に即して真である、偽っていない」という意味です。この翻訳では、前者を「本物の」、後者を「まことの」と訳しています。

 わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者は、わたしの中にとどまり、わたしもその人の中にとどまる。(五六節)
 
 「とどまる」はこの福音書特愛の動詞です。パウロが「わたしはキリストの中に、キリストはわたしの中に生きる」と言った霊の次元の消息を、ヨハネは「その人はわたしの中にとどまり、わたしもその人の中にとどまる」と表現します。この「わたし」は復活者イエス・キリストです。パウロにおいても、このような境地は「十字架につけられたキリスト」に合わせられて自分が死んだ場で実現する境地でした。その「十字架につけられたキリスト」に合わせられた姿を、ヨハネは「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者」という表現で指し示すのです。この節の境地は、パウロの「キリストにあって」自分が死に、復活者キリストが自分の中に生きておられるという告白と同じです。
 
 生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを噛みしめる者はわたしによって生きるようになる。(五七節)
 
 万物の創造者である父こそあらゆる種類の命の源泉であり、当然この福音書が語る「永遠の命」《ゾーエー》の源泉でもあります。そのことが「生ける父」と表現されています。イエスはその父から遣わされた方として、父からの命を受けて、父と同じ命に生きておられます。ここの「わたし」は復活者イエス・キリストです。「わたしが生きている」の「生きている」は現在形です。復活者イエス・キリストが現在生きておられる命こそ、すでに死に打ち勝った「永遠の命」です。そして、「わたしを噛みしめる者」、すなわち「十字架につけられたキリスト」に合わせられる者は、この復活者キリストによって「生きるようになる」のです。
 
 この「生きるようになる」は未来形です。その未来形は、現在から始まり「永遠」を目指す未来形です。死にも妨げられないで続く未来形です。その意味で、キリストにあって始まった命は死者の復活を望み見て生きる命です。そのような希望を本質とする命であることが、この未来形にこめられています。
 
 そう言えば、使徒パウロもキリストにある者が「生きる」ことについては未来形を用いていたことが思い起こされます。たとえば、キリストにある者は、キリストの死に合わせられて死ぬことにより罪の支配から解放され、復活者キリストと共に生きるようになる消息を詳しく語る段落(ローマ六・一〜一四)で、パウロは「もしキリストと共に死んだのであれば、キリストと共に生きるようになることをわたしたちは信じています」(ローマ六・八私訳)と言っています。この文で、「死んだ」は過去形ですが、「生きるようになる」は未来形です。パウロにおいても、キリストにあって始まった新しい命は未来に向かっているのです。その命は現在始まっており、死者の復活を目指して未来に向かっています。このように、ヨハネ福音書もパウロの路線の延長上にあることが分かります。
 
 この未来形は、信じる者は現在すでに永遠の命を持っているとするこの福音書の基本的主張と矛盾しません。現在キリストにあって与えられている命が、未来を志向せざるをえない質のものであることを示しているのです。
 
 これは天から降ってきたパンであり、先祖たちが食べたが死んでしまったようなものではない。このパンを噛みしめる者は、永遠に生きるようになる。(五八節)
 
 「わたしの肉こそまことの食べ物、わたしの血こそまことの飲み物」と言って、「十字架につけられた復活者キリスト」こそ永遠の命を与えるまことの命の糧であることを証言したこの段落(五二節以下)は、最後に「これは天から降ってきたパンである」と言い直して、先の「いのちのパン」の段落(二二〜四〇節)と結びつけ、二つの段落を一つの使信にまとめます。その結果、本来「肉を噛みしめる」という形で用いられていた動詞が、パンについてもそのまま用いられ、「パンを噛みしめる」という形になっています。
 
 先の段落では、イエスは復活者キリストが地上に現れた姿であるのだから(これが「受肉」の信仰です)、イエスこそ「天から降ってきた方」であり、そのような方として「世に命を与える者、神のパン、本物のパン」であることが主張されていました(三二〜三三節)。それが、この段落でその復活者キリストが「十字架につけられたキリスト」であることが明らかにされて、改めてその「十字架につけられたキリスト」こそが「天から降ってきたパン」であるとされ、「このパンを噛みしめる者(食べる者)は、永遠に生きるようになる」と宣言されます。
 
 先の段落でも、マナではなく、イエスこそ「天からのパン」であることが語られていましたが(三〇〜三四節)、ここで改めてマナとの対比が取り上げられ、先に語られていたマナとの対比(四七節〜五一節後半)が要約されて繰り返されます。マナを食べた先祖たちは「死んでしまった」が、「このパンを噛みしめる者は、永遠に生きるようになる」と宣言されます。ここで、この「永遠に」は、この傍点部分の対比が示しているように、この命が死を乗り越える質の命であることを指しています。そして、この死を乗り越える質が、「わたしはその人を終わりの日に復活させる」という約束の言葉として表現されるのです。この終わりの日の復活の約束は、ヨハネ福音書にふさわしくないものではなく、「永遠の命」の必然的な一面です(「補論―永遠の命と死者の復活」参照)。
 
 これらのことは、イエスがカファルナウムの会堂で教えて語られたものである。(五九節)
 
 この「いのちのパン」についての対話は、対岸から舟に乗ってカファルナウムまでイエスを探しに来た群衆との対話として描かれていました(二四〜二五節)。それで湖岸で行われた対話のような印象を与えますが、最後にこの対話が「カファルナウムの会堂で」行われたものであるとの説明が加えられています。これはおそらく、対話の後半(四一〜五八節)で、対話の対象が「群衆」から「ユダヤ人」に変わったことの結果であると考えられます。すなわち、この対話(とくに後半の対話)は、ユダヤ教会堂勢力に対するヨハネ共同体の弁証として書かれたので、イエスの言葉は会堂に集まるユダヤ人たちに向けられたものとされたのでしょう。誰に向かって語られたにせよ、この六章の「いのちのパン」についての証言は、ヨハネ共同体の福音そのものであることに変わりはありません。
 
 

  ヨハネ福音書とサクラメント

解釈の二方向

 この段落の後半部(五一節後半〜五八節)では、イエスの「肉を食べ、血を飲む」ことが永遠の命であるという主張がなされていました(五四節参照)。「わたしの肉、わたしの血」とか「肉を食べ、血を飲む」という表現は明らかに聖餐伝承を響かせていますので、ここでヨハネ福音書が聖餐をどのように取り扱っているかを、ひいてはバプテスマを含むサクラメント(聖礼典)をどのように扱っているかをまとめておきましょう。
 
 ヨハネ福音書を他の三福音書と並べて較べると、最後の夜のことを語るところで、「最後の晩餐」の記事がないという事実に驚きます。ヨハネ福音書も、最後の夜にイエスが弟子たちと一緒に食事をされたことは伝えています(一三・二、一三・二三)。しかし、共観福音書が伝えているような「最後の晩餐」の記事(マルコ一四・二二〜二五とその並行箇所)はなく、代わりにイエスが弟子たちの足を洗われたことを伝える記事と、その後にイエスが語られた長い訣別の説話が置かれています。
 
 ヨハネ共同体が聖餐伝承を知らないことは考えられません。この福音書に登場する無名の「イエスが愛された弟子」は、最後の夜の食事の席にいたのです(一三・二三)。この弟子がヨハネ福音書の著者であるかどうかは別としても、ヨハネ共同体はこの弟子からイエスに関わる伝承を受け継いだことは確かです(二一・二四)。それだけに、聖餐の制定記事がないことは驚きであり、知っていながら書かなかったとすると、そこに特別の意図とか意味があると考えざるをえません。
 
 ヨハネ共同体がパンとぶどう酒を用いる聖餐儀礼を行っていたかどうかについては、行っていたとすることも、行っていなかったとすることも、ヨハネ文書(福音書と手紙)には直接的で明白な証拠はありません。それはヨハネ文書の解釈によらなければなりません。バプテスマを授けていたかどうかの問題についても同様です。
 
 ヨハネ福音書がサクラメントをどう扱っているかについて、研究者の解釈は大別すると二つの傾向があります。一方では、ヨハネ福音書は象徴的な形ではあるがサクラメントに言及している箇所は多くあり、ヨハネ福音書はサクラメントを推進または擁護しているという解釈です。他方、ヨハネ福音書はサクラメントに反対であるか、反対とまで行かなくても無関心であるという解釈です。もっとも、実際の注解においては中間的な立場を取る場合が多いようです。
 
 現代の教会はほとんどすべて聖餐と洗礼をサクラメントとして扱っています。すなわち、それにあずかることによってキリストへの所属が確認され、救いが保証される、神によって定められた聖なる儀礼として扱っています。このような教会の立場に立つ限り、そしてヨハネ福音書を正典として受け入れる限り、何らかの程度においてこの福音書がサクラメントを擁護していると解釈せざるをえません。カトリック系の研究者が擁護派であるのは当然ですが、プロテスタント系の学者にも擁護派が多くいます。しかし、学術的な視点からヨハネ福音書だけに即して解釈する研究者には、擁護派だけでなく反対派も含まれることになります(ここで擁護派とか反対派というのは、その研究者自身がサクラメントを擁護するとか反対するという意味ではなく、ヨハネ福音書がサクラメントを擁護しているとか反対していると解釈するという意味です)。

バプテスマ

 いま教会的な立場を離れて、この福音書を成立の状況において理解しようとすると、どうなるでしょうか。まず、ヨハネ福音書には「バプテスマを授けよ」という明白な命令がないので、ヨハネ共同体はバプテスマを行っていなかったという議論は成り立ちません。それはマルコ福音書にもルカ福音書にもありませんから、明白な命令を伝えているマタイの共同体以外はバプテスマを行っていなかったことになり、事実と反します。初期の福音宣教においては広く、バプテスマによってイエス・キリストへの信仰告白がなされていました。パウロも、自分自身は例外的にしかバプテスマを授けなかったとしていますが、バプテスマがその頃のキリスト信徒の通例の体験であったことを前提にして語っています。
 
 自分たちが行っていない水のバプテスマを比喩として、あるいはそれと対照して聖霊のバプテスマを強調することは不自然ですから、ヨハネ共同体はバプテスマを行っていたと推察する方が妥当だと考えます。ヨハネ共同体は最初、洗礼者ヨハネの弟子たちの中でイエスを信じた者たちによって始まりましたので、水のバプテスマの意義と重要性はよく理解しているはずです。イエスご自身がバプテスマを授ける活動をされていた事実を伝えるのもヨハネ福音書だけです。
 
 ヨハネ共同体がバプテスマを行っていたとしても、この福音書は水によるバプテスマと聖霊によるバプテスマの区別を鮮明にして、洗礼者ヨハネが水のバプテスマを授けたのに対して、復活者イエスは聖霊によるバプテスマを授ける方であることを強調していることは、一章(とくに三二〜三四節)で見た通りです。ヨハネ福音書はバプテスマという儀礼的行為を象徴として用いて、聖霊を受けるという霊的次元の体験を指し示し、そこに入るように招いていることは明白です。パウロが「割礼の有無は問題ではなく、大切なのは新しく創造されることです」(ガラテヤ六・一五)と言ったように、ヨハネ福音書は「水のバプテスマの有無は問題ではなく、大切なのは御霊によって上からの新しい命を受けることです」と言っていると理解してよいでしょう。

 バプテスマにおける水と霊の関係については、三章五節の「誰でも水と霊から生まれるのでなければ、神の国に入ることはできない」という言葉が重要ですが、これについては『天旅』二〇〇四年2号7頁のこの節についての講解を参照してください。

聖餐

 聖餐については、状況はやや複雑です。今回取り扱った箇所(六・五一b〜五八)は、「わたしの肉、わたしの血」とか「肉を食べ、血を飲む」という表現に見られるように、ヨハネ共同体が聖餐伝承を熟知していることを示していますから、当然共同体は聖餐を行っていたと推察されます。それにもかかわらず、どの共観福音書にも伝えられている「制定記事」がないことが問題になります。先に見たように、著者または伝承の起源と見られる「イエスが愛された弟子」は最後の夜に行われた食事の席にいたのですから、この省略は意図的であると考えざるをえません。

 ヨハネ福音書が伝える通り、最後の夜の食事の席でイエスは「これを行え」というような命令は与えられなかったとし、共観福音書の制定記事は初代教団の作為であるとするのは、さらに大きな困難を抱え込むことになりますので、ここではこの可能性は除外します。

 この箇所(六・五一b〜五八)の存在と一三章に「聖餐制定記事」がないことの関係は、以下のように説明されることがよくあります。すなわち、原著者が最後の夜の食事に制定記事を入れなかったのは行き過ぎであり不適切であると感じた後の編集者が、六章のパンについての対話の中に聖餐の意義を説くこの一段を挿入したという説明です。この解釈によると、原著者は当時聖餐が儀礼化してゆくことに抗議し、聖餐の儀礼化を克服しようとして、そもそも主イエスはそのような儀礼を行うことは命じておられないとしたのであるが、後になって聖餐を行っている周囲の諸潮流と協調するため、編集者がこの一段を挿入して、この福音書を生み出した共同体(ヨハネ共同体)も聖餐を行っていることを示し、共同体の霊的理解を強調したものとするのです。
 
 たしかに、「肉」《サルクス》という語の用例が他の本体部分と異なるなど、この一段が後の挿入であることを示唆する事実があり(五二節についての注記を参照)、その可能性は否定できません。しかし、編集過程を検討して原著の形を推察し、編集による部分を排除して原著の使信だけを受け取ろうとすると、原著の部分は何かについて際限のない議論が続くだけです。重要なことは、現形のヨハネ福音書が初期の信徒共同体に正典として受け入れられていた事実です。わたしたちは現形のヨハネ福音書が現在のわたしたちに何を訴えるのかを聴き取るべきです。
 
 この一段をヨハネ共同体が行っていた聖餐の霊的意義づけとして受け取ることはできますが、それでもなお、最後の食事の席でイエスがパンとぶどう酒の意義について語られた言葉や、聖餐を制定する命令を全然伝えていないのはなぜかという問題は残ります。この事実は何を意味するのでしょうか。

サクラメントの相対化

 NTD新約聖書注解の「ヨハネによる福音書」で、シュルツは「第四福音書記者はサクラメントに反対しなかった。むしろ洗礼と聖餐を知っていて、自明のこととして前提しているのである」とした上で、こう言っています。
 
 「当時おそらく既に広範囲に広まっていたと思われる祭儀上の慣例である礼拝式やサクラメントに対し本福音書記者が示すこの故意の無関心は、極めて奇異なことである。・・・・ヨハネの神学の中心をなすのは先在の救済者の下降と上昇である。人間イエスにおいて信仰者と出会うのは神に遣わされた者である。肉となったことばにおいて、人間のために救いが存在し歴史がその終わりに到達しているのである。この理由から、信仰者は救いの施設としての教会や教会の役職を、また救済史を保証するものとしての伝統や救済手段としてのサクラメントを必要としないのである。このようなものが第四福音書記者にとってすべて無意味であるのは、彼にとっては人となったことばにして神の子たる方と人間の出会いのみがすべてであるからである」(松田伊作訳、傍点筆者)。
 
 長く引用したのは著者シュルツの意見を紹介するためでなく、このような解釈がドイツのプロテスタント教会の標準的な新約聖書注解として受け入れられているNTD新約聖書注解シリーズで公刊されているという事実に注目していただくためです。この事実は、教会の中にあってもヨハネ福音書そのものに即して読めばこのような解釈になることを示しており、教会は「救済手段としてのサクラメントを必要としない」福音を告知するヨハネ福音書を真剣に受け取らなければならないことを要請しています。
 
 サクラメントに反対するのではなく、その価値と意義を認めながら、「救済手段としてのサクラメントを必要としない」とすることは、サクラメントを「相対化」することだと言えます。たしかにバプテスマと聖餐にあずかることは、霊なるキリストと出会い、キリストに結ばれて生きていくという霊的な歩みにとって有益であり、御霊が働かれる機縁として重要な意義をもっています。しかし、バプテスマと聖餐は、それにあずからなければ救いはないとか、それにあずかることが救いを保証するというような意義を担った儀礼ではありません。救いに必要であるという意義を否定することは、サクラメントの絶対化を否定するということです。その上で、サクラメントの有益性を認めるのは、サクラメントの相対化であると言えます。ヨハネ福音書はサクラメントを相対化しているのです。
 
 このヨハネ福音書におけるサクラメントの相対化は、パウロがユダヤ教律法に基づく儀礼を相対化したのと同じ原理によっています。すなわち、パウロは御霊のキリストとの交わりの絶対性のゆえに、割礼とか食事規定というようなユダヤ教律法儀礼を相対化しました。ヨハネ福音書は、当時すでに周囲のキリスト教運動の中で絶対化の傾向を見せていたサクラメント理解を克服しようとしていると言えるでしょう。現在のわたしたちはヨハネ福音書に、このサクラメント相対化の呼びかけを聴き取るべきであると考えます。

 パウロがユダヤ教律法の儀礼を「相対化」したことについては、前号の「ローマ書講解18」の「強い者と弱い者」(とくに58頁の「『宗教』の相対化」の項)を参照してください。ヨハネはパウロの延長線上にあると見られます。

  19 弟子たちの分裂 (6章 60〜71節)

 60 すると、これを聞いた弟子たちの中の多くの者が言った、「この言葉はひどい。誰がこんな言葉を聴いておられようか」。 61 イエスは、自分の弟子たちがこのことについてつぶやいているを知り、彼らに言われた。「このことがあなたたちをつまずかせるのか。 62 それでは、人の子が前にいたところに昇っていくのを見るならば・・・・。 63 御霊こそが命を与えるものであって、肉は何の役にも立たない。わたしがあなたたちに語ってきた言葉は霊であり、命である。 64 しかし、あなたたちの中には信じない人たちがいる」。イエスは最初から、誰が信じない者たちであるか、また、誰が自分を裏切る者であるか知っておられたのである。 65 そして、こう言われた、「だからこそ、父からその人に与えられるのでなければ、わたしのもとに来ることはできないと言っておいたのだ」。
 66 この時から、弟子の多くの者たちが離れ去り、もはやイエスと一緒に歩まなくなった。 67 そこでイエスは十二人に言われた、「あなたたちもまた、去って行こうとするのか」。 68 シモン・ペトロが答えて言った、「わたしたちは誰のところに行きましょうか。あなたには永遠の命の言葉があります。 69 わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」。 70 イエスは彼らにお答えになった、「あなたたち十二人を選んだのはわたしではなかったか。ところが、あなたたちの一人は悪魔である」。 71 イエスはイスカリオテのシモンの子ユダのことを言っておられたのである。彼がイエスを裏切ることになるからである。実に、十二人の中の一人が裏切ったのである。  

弟子たちのつまずき

 すると、これを聞いた弟子たちの中の多くの者が言った、「この言葉はひどい。誰がこんな言葉を聴いておられようか」。(六〇節)

 五一節後半から五八節までが挿入であるとすると、原著において「この言葉」は、それ以前の「命のパン」についてのイエスの説話を指すことになります。たしかに、「わたしは天から降ってきた命のパンである」というような言葉は、ユダヤ人には受け入れがたい言葉です。しかし、「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む」というような挿入部分の言葉は、さらに受け入れがたい言葉となります。挿入であるとしても、編集者は原著の文脈を損なうことなく、イエスとユダヤ人との立場の違いと対比をさらに強烈にしていると言えます。この強烈な対比が、これまでイエスに従ってきた弟子たちさえもつまずかせて、多くの弟子が去ることになります。
 
 ヨハネ福音書の霊的使信を聴こうとするとき、編集過程の分析はあまり意味はありません。わたしたちは現形のヨハネ福音書を理解するように努めなければならないと思います。そして現形の文脈では、「この言葉」は直前の「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む」という言葉を指し、それが弟子たちさえつまずかせ、弟子たちに「この言葉はひどい。誰がこんな言葉を聴いておられようか」と言わせることになります。先に、「わたしは天から降ってきた命のパンである」というイエスの言葉にユダヤ人がつまずきました(四一〜四二節)。今、「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち、わたしはその人を終わりの日に復活させる」(五四節)という言葉に「弟子たちの中の多くの者」がつまずくのです。
 
 弟子たちもみなユダヤ人です。イエスに対するつまずきはユダヤ人の間で一段と先鋭になり、これまでイエスがなされる力ある働きに圧倒されて従ってきた弟子たちでさえ、「この言葉はひどい。このようなひどい言葉を語る者に、誰がこれ以上聴き従って行くことができようか。このようなひどい言葉は、まともに相手にすることはできない」と言わせることになります。対話の相手は、群衆からユダヤ人に、そしてユダヤ人から弟子たちに絞られ、つまずきはますます深刻になってゆきます。
 
 イエスは、自分の弟子たちがこのことについてつぶやいているを知り、彼らに言われた。(六一節前半)
 
 弟子たちはこのような思いを口に出して言ったのではないでしょうが、イエスは弟子たちの思いを見抜いて語り出されます。「イエスは知り」とあるところは、原文では「ご自分の中で認め」となっています。この福音書では、イエスは人々の心の動きを見通しておられる方として、対話や物語が進行します(二・二四〜二五参照)。
 
 著者あるいは彼の共同体は、イエスの弟子であると称する周囲のグループの中にも、十字架の奥義を理解せず、表面的にイエスに従っているだけの人たちがいることを知っており、そのような「弟子たち」に向かって、「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者こそが永遠の命を持つ」という霊的真理、すなわちキリストの死に合わせられて自分が死に、復活者キリストに結ばれて生きる者が永遠の命を持つのだという真理を、改めて提示します。
 
 「このことがあなたたちをつまずかせるのか。それでは、人の子が前にいたところに昇っていくのを見るならば・・・・」。(六一節後半〜六二節)
 
 「人の子」は本来黙示思想の用語であり、終末時に天から現れる審判者であり救済者である超自然の人物を指します。ヨハネ福音書は、イエスをこの「人の子」が天から降ってきて地上に現れた方として描いています(一・五一、三・一三、五・二七など)。したがって、「人の子が前にいたところに昇っていく」というのはイエスの復活・昇天を指すことになります。

 用いられている動詞も自動詞の「昇る」《アナバイノー》であって、十字架上の死を指すのに用いられる「上げられる」(《ヒュプソー》の受動態)ではありません。ここに十字架に上げられることを読むことは無理です。

 この文(六二節)は、「もしあなたたちが〜を見るならば」という条件文ですが、この条件文に対応する「〜するであろう」という帰結を示す主文がありません。この文が前節の弟子たちのつまずきに対する発言であることから、「あなたたちがつぶやくことはなくなるであろう」という意味の主文を補ってよいでしょう。ユダヤ人や弟子たちが「命のパン」に関するイエスの言葉につまずくのは、イエスが復活者であることを信じないで、地上の人間の言葉として受け止めているだけだからです。「人の子が前にいたところに昇っていくのを見る」ことによって、「命のパン」の言葉の主語が復活者であることを悟れば、「わたしは天から降ってきたパンである」という言葉が真理であることを悟り体験することになるはずです。
 
 十字架につけられた一ユダヤ人であるナザレのイエスを「天から降ってきた」神の子、唯一の救済者であるとする点が、福音告知の最大のつまずきです。それは、イエスが復活して天に昇られたことを信じないからです。イエスの復活を信じるならば、地上のイエスが「天から降ってきた」人間、すなわち神の子が人間の姿をとって現れた方であることを信じることができます(これが受肉の信仰です)。ですから、受肉の信仰は、逆方向に見た復活信仰に他なりません。

 受肉の信仰が逆方向に見た復活信仰であることについては、拙著『キリスト信仰の諸相』281頁以下の「受肉」と「人にして神」の項を参照してください。

 このように理解すると、六二節は直前の「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者こそが永遠の命を持つ」という主張の弁証ではなく、その前の「わたしは天から降ってきたパンである」という告知の根拠を説明していることが分かります。このことも、五一節後半から五八節の部分が原著に後から挿入された部分であるとの主張を擁護します。
 
 では、現形の福音書においては、六二節はどう理解すればよいのでしょうか。もしわたしたちが「人の子が前にいたところに昇っていくのを見るならば」、すなわちイエスを復活者キリストと信じ、御霊によってその事実を体験するならば、その方の地上での十字架の死が終末的な出来事であることを悟るはずです。すなわち、イエスの十字架はたんに一人の義人が殉教したというのではなく、終末時に神が世に遣わすと約束されていた方による最終的な「あがない」の出来事であることを悟ります。イエスが「天から降ってきた人の子」であることを悟ることは、その十字架の死が神の終末的なあがないの業であることを悟り、その死に合わせられることが救いであることを悟るに至らせます。このようにして、「人の子が前にいたところに昇っていくのを見る」ことは、イエスが天から降ったパンであることを悟るだけでなく、同時にその十字架の死がわたしたちの救いであることを悟ることを含むことになります。すなわち、「わたしの肉を噛みしめ、わたしの血を飲む者こそが永遠の命を持つ」という謎の言葉を悟ることになります。
 
 「御霊こそが命を与えるものであって、肉は何の役にも立たない。わたしがあなたたちに語ってきた言葉は霊であり、命である」。(六三節)
 
 この節の「霊と肉」の対比は、人間の内面的・精神的側面と外的・身体的側面の対比ではなく、神の霊に属する次元と人間の本性に属する次元の対立です。新約聖書で《ト・プニューマ》(定冠詞つきの霊)は普通神の霊、御霊を指します(ここもその形です)。「御霊こそが命を与える」という宣言は、実はパウロの福音の核心です。「文字は殺し、御霊は生かす」のです(コリントU三・六)。復活者キリストは「命を与える霊」です(コリントT一五・四五)。ヨハネも同じことを主張します。
 
 この福音書でも、「肉」《サルクス》は神の霊の質と対立する生まれながらの人間本性を指し、そこからは神に属する命の次元は生じえないことが主張されています(ここや一・一三、三・六、八・一五)。「肉は何の役にも立たない」のです。その点で、パウロにおける「肉」《サルクス》の用法と同一線上にあります。

 ところが、五一節後半から五八節までの部分の「肉」は、「体」とほぼ同じ意味で肯定的に用いられ、キリストの体を指しています。それに対して、ここや他の本体部の用例ではキリストの体を指すことは決してなく、意味が全然違います。この部分が本来の福音書の一部ではないと判断される理由となります(五一節の「わたしの肉」についての注を参照)。

 「わたしがあなたたちに語ってきた言葉」という主語を説明する「霊であり、命である」という述語(霊にも命にも定冠詞はついていません)は、その言葉の属する次元と質を説明しています。すなわち、イエスが語られるものとしてこの福音書に記録されている言葉は、神の霊の働きと、その結果生まれる命という次元を語るものであって、人間的に判断される種類のものではないと主張しているのです。この福音書のイエスの言葉は、ヨハネ共同体がユダヤ人に対して語る言葉と重なっており、「わたしたちがあなたたちに語っている言葉」、すなわちこの福音書の言葉はそのような質の言葉であると主張しているのです。
 
 この福音書のイエスの言葉(ひいていはヨハネ共同体が宣べ伝える福音の言葉)は、神の霊の働きと、その結果生まれる命という次元を語るものであるのに、対話の相手のユダヤ人や弟子たちがそれを生まれながらの人間本性の体験とか理解の範囲内でしか受け取らないので、対話はいつも深い溝で隔てられて平行線をたどります。

弟子たちが去る

 「しかし、あなたたちの中には信じない人たちがいる」。イエスは最初から、誰が信じない者たちであるか、また、誰が自分を裏切る者であるか知っておられたのである。(六四節)
 
 イエスは弟子たちに向かって、「あなたたちの中には信じない人たちがいる」と言われます。この「信じない人たち」というのは、自らイエスの弟子であると称していながら、この福音書で告知されている受肉者としてのイエスの本質を悟らず、結局イエスから離れて行く者たち(六六節)を指していると見られます。
 
 この「信じない者たち」への言及は、ヨハネ共同体で起こった分裂を念頭に置いているのかもしれません。イエスの弟子の集団であるヨハネ共同体からも多くの人たちが出て行きました(ヨハネの手紙T二・一九)。著者ヨハネは、弟子たちの中にも信じない者が出ることをイエスが「最初から知っておられた」こととし(すなわち、神のご計画の中の出来事であるとし)、去って行った者たちは「父から与えられた」者たちではないからだと理由づけます(次節)。
 
 そして、こう言われた、「だからこそ、父からその人に与えられるのでなければ、わたしのもとに来ることはできないと言っておいたのだ」。(六五節)
 
 先に(四四節で)言われた言葉が改めて引用されて、イエスから離れ去る者が出ることも神の御計画の中の出来事とされます。このことは逆に、イエスのもとに来ることができるのは、父の恩恵によるのであって、決して人間の側の理解や意志によるのではないと告白しているのです。イエスの弟子としてイエスのもとに留まり、イエスと共に歩むことができるのは、神の恩恵の選びの結果です(四四節の講解参照)。
 
 この時から、弟子の多くの者たちが離れ去り、もはやイエスと一緒に歩まなくなった。(六六節)
 
 「この時から」というのは、直前の「わたしの肉、わたしの血」についての対話の時だけをさすのではなく、五つのパンで五千人に食べ物を与えられた出来事と、それに続く「命のパン」の対話全体(すなわち六章の出来事の全体)を指しています。パンの出来事は、イエスの宣教活動の転機となります。

 「この時から」の原文は「これから」です。「これ」を「この時」と理解するか(協会訳、岩波版)、「このこと」と理解して「このために」と訳すか(新改訳、新共同訳)、両方が可能です。ここではパンの出来事がイエスの宣教生涯の転機になったことを重視して、時を指すと理解します。

 パンの奇蹟を見て、イエスに対する民衆の期待は高揚します。人々は「この方こそほんとうに世に来るはずのあの預言者である」と言って、イエスを王にしようとします。ところが、イエスは人々を去らせて一人で山に退かれます(六・一四〜一五)。この記事は、民衆のメシア期待とイエスの道がかけ離れていることを示していましたが、イエスがパンについて語られた言葉によって、これまでイエスにつき従ってきた弟子たちもつまずき、イエスから去っていきます。残った者は十二人だけとなります(六七〜六九節)。
 
 パンの出来事がイエスの宣教生涯の転機になったことは共観福音書も伝えています。この時までは期待に燃えたガリラヤの民衆がイエスを取り囲んでいましたが、この時からイエスは十二人の弟子だけを連れて遠く北方の異郷の地を巡り歩かれることになります。マルコなど共観福音書はこの事実だけを描いて、このパンの出来事が転機となったことを示唆していますが、ヨハネ福音書はこの転機をはっきりと「弟子の多くの者たちが離れ去り、もはやイエスと一緒に歩まなくなった」と語り、その理由も六章全体で詳しく描くのです。

十二弟子の告白とその中の一人の裏切り

こでイエスは十二人に言われた、「あなたたちもまた、去って行こうとするのか」。 (六七節)

 この福音書では、ここではじめて突然「十二人」という呼称が出てきます。ヨハネ福音書にはイエスが十二人を選ばれた記事とか十二人の人名表はありません。「十二人」が登場するのは、ここ(六六〜七一節)と二〇章二四節だけです。著者は「十二人」を周知の弟子団として扱っていますが、その権威を重視することなく、むしろリストにない弟子を重視する傾向があります。これは、ヨハネ共同体が「十二使徒」を権威と仰ぐ教団主流と距離を置いた流れにあることを示唆するものと考えられます。

 ヨハネ共同体が「十二人」とは別の「もう一人の弟子」によって形成された共同体であることについては、『天旅』二〇〇三年別冊の「『もう一人の弟子』の物語――ヨハネ文書の成立について」を参照してください。

 シモン・ペトロが答えて言った、「わたしたちは誰のところに行きましょうか。あなたには永遠の命の言葉があります。わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」。(六八〜六九節)

 ヨハネ共同体においても、ペトロが「十二人」を代表する使徒であることは、知られていたようです。「あなたたちもまた、去って行こうとするのか」というイエスの問いかけに、ペトロは十二人を代表して、「わたしたちはあたなから去って誰のところに行きましょうか。そんなことはできません」と言って、去ることができない理由をイエスに対する信仰告白の形で述べます。
 
 共観福音書では、ペトロは「あなたはメシアです」と告白したことになっていますが、ヨハネ福音書では、ペトロは「あなたには永遠の命の言葉があります」と告白します。「永遠の命の言葉」とは、それを聴いて受け入れる者に永遠の命を与えるという質の言葉のことです。この文の直訳は、「あなたは永遠の命の言葉を持っておられます」ですが、イエスが自分とは別にそのような言葉を持っておられるのではなく、イエス自身がそのような次元の言葉《ロゴス》の受肉者であるというのがこの福音書の立場ですから、少しでもそのような意味に近づけるために、「あなたには永遠の命の言葉がある」と訳しています。むしろ、「あなたこそ永遠の命の言葉そのものです」というのが、この福音書の本音であると言えるでしょう。
 
 共観福音書では、ペトロは「メシア」という表現を用いて告白していますが、ヨハネ福音書では「神の聖者」という表現が用いられています。ヨハネは別の伝承を用いているのかしれません。しかし、もしヨハネがマルコを知っているのであれば、この福音書が「メシア」という語を避けたのは、イエスがユダヤ人のメシア概念の枠内で理解されることを避けるためであると考えられます。しかし同時に、この福音書が明白に告知している「神の子」という称号(二〇・三一)も用いないで、旧約聖書的でやや古風な「神の聖者」という称号(マルコ一・二四参照)を用いたのは、おそらく、この時のペトロの告白をなお復活前の地上の出来事としての相で描こうとしたからでしょう。
 
 ペトロは「わたしたちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています」と言っています。この福音書においては、「信じる」と「知る」はほとんど同じです。この福音書で「信じる」とは、「の中へ」という表現と一緒に用いられることからも分かるように、復活者であるイエスの中に自分の全存在を投げ込む実存的行為です。その中でイエスがどのような方であるかを身をもって知るのですから、「信じる」と「知る」は一体となり、「信じ、また知っています」と一息に語られます。
 
 イエスは彼らにお答えになった、「あなたたち十二人を選んだのはわたしではなかったか。ところが、あなたたちの一人は悪魔である」。(七〇節)
 
 「十二人」の権威は、イエスが直接彼らを弟子に選ばれたという事実にあるとされていました。ところが、まさにその中の一人がイエスを裏切ったのですから、イエスが選ばれたという事実が直ちに権威の源になるのではないことが分かります。権威はあくまで、現実に復活者イエスに忠実に従っているかどうかにかかっています。その点では「十二人」以外にも忠実な弟子はいるのであって、「十二人」が唯一の権威ではないと、この節は暗に示唆していることも考えられます。
 
 なお、神に敵対する霊的人格を指すのに、共観福音書では「サタン」という呼称が多く用いられていますが、ヨハネ福音書では「サタン」は一回だけで(一三・二七)、もっぱら「悪魔」《ディアボロス》が用られます(八・四四など三回)。
 
 イエスはイスカリオテのシモンの子ユダのことを言っておられたのである。彼がイエスを裏切ることになるからである。実に、十二人の中の一人が裏切ったのである。(七一節)
 
 ユダがシモンの子であることを述べるのはヨハネだけで、共観福音書では「イスカリオテのユダ」と呼ばれています。「イスカリオテ」の意味については議論が続いており、決着していません。大別すると、「シカリ」(短刀)から出た語で、ユダが「シカリ派」とも呼ばれる熱心党の出身であるという見方と、ユダの出身地を示す地名であるという見方があります。地名と見る場合も、それがどこであるかについては見解が分かれています。「カリオテ出身の」を、ヨシュア記(一五・二五)に出てくる「ケリヨト」(ユダ族に割り当てられた地)として、ユダをユダヤ地方出身とする説、また、シケム近くのアスカル出身とする説、さらに、これを元にあるアラム語表現から「町の出身」として、ユダをエルサレム出身者と見る説などがあります。いずれにしても、「十二人」の中でユダだけがガリラヤの出身ではないことになります。なお、「偽り者」とか「引き渡す者」というアラム語をそのままギリシア語で音訳した語であるという説もありますが、ヨハネ福音書のここの記述では、「イスカリオテの」は(格の形から)ユダにはかからず父親のシモンを説明しているので無理です。また、父親の説明であるので、出身地を指すと見るのが自然だと言えます。
 
 原文の語順は、裏切った者が「十二人」の中の一人であったことを強調しています。訳文では、「実に」を補って、この強調を表しています。この強調には、一般に権威と認められている「十二使徒」に対抗する気風がヨハネ共同体にあったことを反映しているのかもしれません。
 
 ユダの裏切り行為は著者にとってよほど深く記憶に刻み込まれたのでしょう、後でその情景が詳しく描かれることになります(一三・二一〜三〇)。その詳しさは、著者が「イエスが愛された弟子」としてその場に居合わせたことを示唆しています(このことについてはその箇所で扱います)。


  補論―永遠の命と死者の復活

編集者による挿入 ?

 第六章には、「信じる者は永遠の命を持っている」というこの福音書の中心の使信に、「わたしはその人を終わりの日に復活させる」という終末的な約束が付け加えられている場合が、四回も繰り返されていました(三九節、四〇節、四四節、五四節)。ヨハネ福音書は全体として、イエスを信じる者は現在すでに永遠の命を持っているという事実を強調し、永遠の命を「来るべき世」でのこととしたユダヤ教黙示思想を克服するだけでなく、なお黙示思想的な枠組みを強く残していて、永遠の命を将来のこととしている周囲の主流のキリスト教と対抗しています。それで、「わたしはその人を終わりの日に復活させる」という終末的な約束は、この福音書本来の部分に属するものではなく、周囲の主流の教団に協調するために後で編集者が付け加えた挿入であると見る注解者が多くいます。ヨハネ福音書の成立過程は複雑で、数次の編集を経ていることは事実ですから、この部分が原著にはなく後で編集者によって加えられた可能性は否定できません。 
 
  それで、この部分の翻訳にあたって、「わたしはその人を終わりの日に復活させる」という言葉をすべて取り除いて訳す人があります。たとえば、八木誠一氏訳の「ヨハネによる福音書」(講談社版「聖書の世界」第5巻)はそうしています。このような態度はヨハネ福音書の成立過程についての学問的批判として、また原著はこういう形ではなかったかという提案としては意味がありますが、もしそれが終わりの日の死者の復活を否定することの表明であるならば、そのように訳された福音書はもはや福音書でなくなります。死者の復活こそ福音の本質をなす内容だからです。

 死者の復活の希望がキリストの福音の本質(それがなければ福音が福音でなくなる内容)であることについては、拙著『パウロによるキリストの福音U』の第六章「死者の復活」を参照してください。

復活に至る命

 問題は、たとえそれが編集者による挿入であるとしても、正典として受け入れられて伝えられた現形のヨハネ福音書をわたしたちがどのように受け取るかです。たとえこの終わりの日の復活の約束が後で編集者によって原著に挿入されたものであっても、ヨハネ福音書の言う「永遠の命」には、復活に至らざるをえない質の命という面があることは、この福音書自身が示しています。それは、イエスがラザロを生き返らせたことを伝える十一章の記事です。そのことを理解すれば、この約束が外から(本来のヨハネ福音書に異質な内容が)付け加えられた挿入ではなく、ヨハネ共同体自身の中にある復活信仰の表明として、内的必然をもって加えられた約束であること、すなわちヨハネ福音書の本来の一部として受け取ることができます。
 
 十一章のラザロの記事の内容は、その箇所の講解で詳しく検討することになりますが、ここではヨハネ福音書の言う「永遠の命」は復活に至らざるをえない質の命であることを理解するのに必要な最小限で見ておきましょう。
 
 イエスは死んで四日もたつラザロを生き返らせました。これはイエスがなされた「しるし」の最後の、そして最大のものです。もし、ヨハネが言う永遠の命が復活と関係のないものであれば、このような復活の「しるし」を最後の重要な位置で語る必要はないはずです。
 
 この「しるし」が何を意味するのかは、二五節と二六節のイエスの言葉が明白に語っています。「わたしが復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか」。これは、イエスが兄弟の死を嘆くマルタに「あなたの兄弟は復活する」と言われたところ、マルタが「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と答えますが、このマルタの答えに対するイエスの言葉です。マルタは信心深いユダヤ人として、当時のユダヤ教の信仰を言い表しています。当時のユダヤ教はパリサイ派の教えが主流となっていましたから、彼らの教えに従って人々は神の律法を守るイスラエルの民は終わりの日の復活に与ると信じていました。このように復活は信じるが、それを将来のこととして待ち望むだけのユダヤ教の信仰に対して、イエスは「わたしが復活である」と宣言されるのです。これはユダヤ教の復活信仰に対する福音の宣言であり、ヨハネ共同体の告白です。この言葉によって、ヨハネ共同体はユダヤ人に対して、「あなたがたが将来に待ち望んでいる死者の復活は、いますでにこの方において到来している」と宣言しているのです。
 
 ヨハネ福音書において、地上のイエスは復活者キリストと分かちがたく重なっています。ユダヤ人の目の前で語られる地上のイエスと、福音が告知する復活者キリストが重なって、この方こそユダヤ人が神の約束によって待ち望み、そしてすべての民が心のうめきの中で待望していた死者の復活そのものである、と宣言しているのです。「わたしが復活である」という宣言は、パウロが復活者キリストを終わりの日に復活する死者たちの初穂であるとしているのを、ぎりぎりまで煮つめた表現です。人類が死の問題の最終的な解決として待ち望んでいた復活が、いまイエス・キリストにおいて到来しています。この方が復活そのものです。ですから、終わりの日の死者の復活を否定すれば、この「わたしが復活である」という言葉は中身を失ってしまいます。
 
 「わたしが復活である」は、直ちに「わたしが命である」となります。来るべき世で与えられる命ではなく、いまわたしたちの前にいますイエス・キリストが死を克服した永遠の命そのものなのです。このイエス・キリストを信じて結ばれる者は「死んでも生きる」のです。この死に定められた存在の中で、死を克服して復活したキリストの命を生きるのです。「生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」。この地上でキリストとの交わりに生きる者は、復活してもはや死ぬことのないキリストの命を生きるので、その自分は死ぬことはありません。こうして、「わたしが復活であり、命である」と一息に語られることによって、復活はたんなる将来の希望ではなく、現在すでに死を克服して生きることであることがさらに強調されます。
 
 しかし、この言葉を一般的な命題としてではなく、マルタの言葉に言い表されているユダヤ教の復活信仰に対して福音の復活信仰を提示しているという文脈において理解する時、すなわち終わりの日の死者の復活を前提にして理解する時はじめて、この言葉は、現在わたしたちが体験するキリストがその終末的復活そのものであり、わたしたちはキリストに結ばれて現在その復活の命を生きるのであるという力強い告白になります。
 
 こうして、ヨハネ福音書の現在の「永遠の命」は、終わりの日の復活を否定するものではなく、それを含み、それと一体であることが分かります。永遠の命を語るところで、終わりの日の復活が語られるのは当然のことになります。永遠の命とは復活に至る命であると言えます。ですから、ヨハネ福音書のイエスは、「信じる者は永遠の命を得ている」と語られると同時に、「わたしはその人を終わりの日に復活させる」と言われるのです。
 
 実に、イエスは復活されました。イエスを葬った墓は空になっていました。ラザロの墓を空にし、自分の墓を空にしたイエスの出来事を語るヨハネ福音書が、死者の復活を否定して、復活をただ信じる者の現在の内面の変化に限っていると、どうして言えましょうか。ヨハネ福音書においても、復活者イエスはわたしたちの復活の初穂なのです。

 永遠の命と死者の復活の関係については、拙著『神の信に生きる』の第W部「永遠の命への道」補講一「永遠の命と復活」(183頁)を参照してください。この「復活に至る命」の項は、その一部を要約して引用しています。

 

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